カシミヤ繊維の鑑別
繊維製品の品質表示
カシミヤなどの高級獣毛繊維は、産地・生産量が限られた高価な繊維であり、他の獣毛繊維を混紡、混用による偽装が後を絶ちません。公正取引委員会より、カシミヤ混用率の不当表示が認められた衣料品の排除命令が、平成19年から平成20年にかけて4業者に対して出されています。現在の鑑別公定法は繊維形態を顕微鏡で観察する目視鑑別ですが、薬剤処理された繊維などが増加してきており、目視鑑別が難しくなってきています。
繊維製品は、家庭用品品質表示法に基づいた表示をする必要があります。獣毛繊維では、羊毛・モヘヤ・アルパカ・らくだ・カシミヤ・アンゴラの6種類の獣毛については、指定用語として表示が認められています。その他の獣毛については「毛」と表示されてきましたが、平成29年3月30日の改正により、「毛(○○)」と繊維の名称または商標を付記できるようになりました。
タンパク質による獣毛鑑別法
獣毛繊維は、ケラチンを主成分とするタンパク質で構成されています。そこで、繊維の含有タンパク質を解析することは、有望な鑑別法であると考えられており、大学、試験研究機関で研究が行われています。
タンパク質を安定的に解析する方法として、よく用いられるのが質量分析計で測定する方法です。タンパク質の分子量は数万以上になりますが、質量分析計の検出範囲は数百から数千であるため、トリプシン消化によりペプチド断片にすることで分子量を小さくして測定を行う方法が一般的な手法です。
質量分析計には種類が多くありますが、MALDI-TOFMSとLC/MSを使用する方法が研究の主流です。MALDI-TOFMSは測定時間が短く、大量の試料鑑別が可能です。しかし、その反面、装置が非常に高額であることや定量的な結果を得るのが難しいという欠点があります。一方LC/MSは装置の低価格化が進み、タンパク質解析以外の解析にも利用できるという汎用性があります。測定時間が長いことが欠点ですが、最近では超高圧タイプのLCが開発されてきており、今後、測定時間の短縮化が期待されます。
- *MALDI-TOFMS:マトリックス支援レーザー脱離イオン化法飛行時間質量分析計
- *LC/MS:高速液体クロマトグラフ質量分析計
獣毛鑑別法の標準化
ISO(国際標準化機構)/TC38(繊維)/WG22(混用率及び化学分析)で、MALDI-TOFMSとLC/MSを使用する方法について以下のプロテオーム解析に基づく3提案が規格化されました。
- ① ISO 20418-1:2018 Textiles -- Qualitative and quantitative proteomic analysis of some animal hair fibres -- Part 1: Peptide detection using LC-ESI-MS with protein reduction
- ② ISO 20418-2:2018 Textiles -- Qualitative and quantitative proteomic analysis of some animal hair fibres -- Part 2: Peptide detection using MALDI-TOF-MS
- ③ ISO 20418-3:2020 Textiles -- Qualitative and quantitative proteomic analysis of some animal hair fibres -- Part 3: Peptide detection using LC-MS without protein reduction
NITEでは、③を開発しました。
実用的な鑑別方法を目指し、1)汎用的なLC/MSを使用すること、2)試験時間を短くすること、3)必要工程を少なくすることを目標とし、開発を進めてきました。獣毛繊維の主成分ケラチンは、非常に難溶性であるため、通常は変性剤や界面活性剤など用いて溶解します。変性剤や界面活性剤は、LC/MSでの測定の場合、試料中に含まれていると、装置中に残留するなどし、ルーチン解析を阻害することが多々あります。そこで、変性などの作業を省いた鑑別方法の開発を行いました。
NITE開発方法の標準化
NITE開発方法は、ISOだけでなくCEN(欧州標準化委員会)や30ヶ国以上で規格化が進められています。
NITE開発方法の概略
NITEでの開発の流れをご紹介します。
- ① 試料の前処理
獣毛繊維の主成分ケラチンは、水などの中性溶媒に不溶であるため、タンパク質を切断し、小さくすることで可溶化します。そこで繊維試料を洗浄後、トリプシンにより消化を行いました。トリプシンは一般的なタンパク質解析でよく使用されているタンパク質分解酵素です。トリプシン消化液は真空乾燥を行い、保存します。 - ② 鑑別用ペプチド候補の選定
MALDI-TOFMS及びイオントラップ型LC/MS/MSを用いて、生成されたペプチドについて網羅的な解析を行いました。数千種のケラチン由来ペプチドを同定し、品種ごとに特異的に検出されるペプチドを選定しました。 - ③ 鑑別用ペプチドの選択
解析対象を選出された特異的ペプチドの分子量にしぼり、三連四重極型LC/MSで測定を行い、選定したペプチドについて三連四重極型LC/MSでも有効であるかどうかを確認しました。例えば、その配列が対象品種特異的であったとしても、異なる品種で同分子量かつ近い保持時間を示すペプチドが存在すると、判別が難しく鑑別用ペプチドには適しません。このようにピークの判別のしやすさやカラムへの残存性などを検討し、選定ペプチドの中から、鑑別用ペプチドを決定していきました。 - ④ 混用率の算定
カシミヤ・ヒツジの原毛を各割合で混合し、三連四重極型LC/MSで測定を行ったところ、鑑別用ペプチドの面積値と混合率は相関関係を示しました。しかし、実際の値と10% 以上の差がみられました。これは、鑑別用ペプチドについて、個々の繊維中の含有量やMS分析での感度が異なっているためと考えられます。そのため、混合した試料の混用率を求めるには、各鑑別用ペプチドの補正をかけることが必要です。
カシミヤと羊毛間の補正値などいくつかの補正値をもとめることで、羊毛、カシミヤ、ヤク、ラクダ、アルパカ、アンゴラウサギについて、混用率を算定することができます。
成果の公表
NITEでのカシミヤ繊維鑑別方法については、以下で発表されています。
- 平成25年度繊維学会年次大会(2013)、2PA52
- 「高速液体クロマトグラフ質量分析計を用いたカシミヤ、ヒツジ、ヤク繊維の同定、定量法」
佐々木和実、西嶋桂子、安宅花子
- 繊維学会誌 Vol. 71 No. 3 p. 141-150 (2015)
- “Differential Identification and Quantification of Cashmere, Sheep and Yak Fibers in Textiles Using Liquid Chromatography/Mass Spectrometry”
(LC/MSを用いたカシミヤ、羊、ヤク繊維製品の鑑別及び定量)
Hanako Ataku, Keiko Nishijima, Ayumi Mori, Nobuyuki Fujita, and Kazumi Sasaki
- プレスリリース
- 「NITE発案の獣毛繊維鑑別法が国際標準規格になりました
(独立行政法人製品評価技術基盤機構 2020年6月15日)」
- NBRCニュース 第64号
- 「高級獣毛繊維の鑑別・混用率を判明させる試験方法(ISO規格)
~NITEが開発したタンパク質解析技術でカシミヤ偽装を見破ります~」
解析装置
解析に用いた質量分析装置を紹介しています。
お問い合わせ
- 独立行政法人製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジーセンター バイオ技術評価・開発課(東京)
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TEL:03-3481-1936
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