バイオテクノロジー

どんな微生物が石油を分解するか?

石油分解菌の種類と分布

石油汚染された海岸をバイオレメディエーションでクリーンアップする場合、前提となるのは石油分解菌の存在です。その場所に石油分解菌がいなければ、当然、石油の微生物分解は起こらず、バイオレメディエーションは不可能です。石油分解菌がいない場所でバイオレメディエーションを行う場合には、石油分解菌を散布するバイオオーグメンテーションの手法をとる必要があります。

しかし、石油分解菌は、海洋、陸水、土壌と自然界に広く分布しています。これまでに多くの石油分解菌が環境中から単離されてきましたが、由来は海洋、土壌、陸水、地下水と様々です。石油は、自然に産出する資源であり、大昔から海や地表にも滲出していました。そのため、微生物の中には、石油を利用できるように進化してきたものもいたのでしょう。

石油を分解する微生物は、菌類でも細菌類でも見出されています。細菌ではPsuedomonas属、Acinetobacter属、Rhodococcus属、菌類ではCandida属、Rhodotorula属などが海洋からの石油分解菌として単離されることが多いです。しかし、これらの分解菌が、実際の海洋で、石油分解にどの程度寄与しているかはよく分かっていません。石油分解菌は、上に挙げたものの他にも菌類・細菌類の幅広い分類群で見出されており、未だ単離されていない菌も多数いると思われます。むしろ、これまでに見つかった菌は自然界に生息する石油分解菌のほんの一部である可能性が高いです。石油分解菌の探索は、現在も多くの研究機関で行われており、今後新たに石油分解に関わる重要な菌が見つかってくるかもしれません。

海洋では、石油分解の主となっているのは、菌類よりも細菌類だと思われます。海水中には1ml 当たり約106個の細菌が存在しており、そのうちの100~104個(1%以下)が石油分解菌だと言われています。しかし、石油汚染を受けると、石油分解菌が増殖して優占化し、全体の10%以上を占めるようになります。

最近の研究から、海洋での石油分解に重要な役割を果たしているのではないかと考えられているのが、Alcanivorax属の細菌です。Alcanivoraxは、アルカン分解菌で、世界中の海に広く分布しています。ナホトカ号事故によって汚染された海岸近くの海水では、Alcanivoraxが優占化していました。海水中の石油濃度との関係を調べた調査では、石油濃度の高い海水ほどAlcanivoraxが多く存在する傾向が見られています(【図1】)。こうした事実は、海洋での石油分解に果たす、Alcanivoraxの重要性を示唆しています。Alcanivoraxは、海洋細菌を単離する通常の培地では、コロニーが透明なため肉眼で確認することが難しいです。そのため、これまで海洋での石油分解における重要性が見逃されてきたのかもしれません。

【図1】ナホトカ号で汚染された海域における油汚染(TPH)とAlcanivorax属細菌数との関係

石油には非常に多くの成分が含まれているため、1種類の微生物がすべての成分を分解することは不可能です。石油分解菌には、それぞれ「分解できる成分」があり、それ以外の成分は分解することができません。例えば、Alcanivoraxはアルカンは分解することができますが、芳香族炭化水素は分解できません。芳香族炭化水素の分解は、他の菌 (Rhodococcusなど)が担っているのです。このように、石油は複数の微生物の共同作業によって分解されていきます。現段階では単独で石油中に含まれる成分をすべて分解できる微生物は残念ながら見つかっていません。

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資化と共代謝

微生物が増殖するためには、体を作る材料(酸素、炭素、水素、窒素、硫黄、リンなど)とエネルギー源が必要です。

石油分解菌の多くは、炭素源およびエネルギー源として石油を利用することができる微生物です。このような微生物の性質は、「資化」と呼ばれます。石油中の炭化水素成分は、資化されると、微生物の細胞に作り替えられ、一部はエネルギーを取り出すために水と二酸化炭素に分解されます(酸素存在下)。したがって、資化では、石油成分の分解と同時に微生物の増殖が起こります(【図2-A】)。

【図2】資化と共代謝

一方、微生物は、炭素源にもエネルギー源にもしないにも関わらず、石油成分を分解することがあります。この場合は、石油成分が分解されても微生物の増殖は起こりません(【図2-B】)。このような微生物の代謝様式は、「共代謝」と呼ばれています。共代謝では、石油成分が水と二酸化炭素にまで分解されることはほとんどなく、分子構造の一部が変化するだけという場合が多いです。

それでは、微生物にとっては実質的な利益がないと思われるのに、なぜ共代謝という現象が起こるのでしょうか?その説明としては、一般的に、酵素の基質特異性の広さが挙げられています。酵素と基質の関係は、鍵と鍵穴の関係に喩えられることが多いですが、必ずしも鍵と鍵穴のように厳密に1対1の関係となっているわけではありません。酵素は、本来の基質の他に、その基質と類似の構造を持つ物質にも作用する場合があります。

例えば、多くのアルカン分解菌が持っているアルカンモノオキシゲナーゼ(alkanemonooxygenase)という酵素は、n-アルカンに酸素を添加してn-アルカノールを生成します。 この反応は、n-アルカン分解の最初に起こる反応であり、生成されたn-アルカノールは、 この後、他の酵素によって順次酸化されていき、最終的には水と二酸化炭素に無機化さ れます。しかし、アルカンモノオキシゲナーゼの中には、n-アルカンだけではなく、シク ロアルカンにも酸素添加反応を起こすものも存在するのです。

【図3】アルカンモノオキシゲナーゼによるシクロアルカン共代謝の模式図

その結果、シクロアルカンは酸化されてシクロアルカノールが生成されます。しかし、n-アルカノールに作用する酵素はシクロアルカノールには作用できない場合が多く、シクロアルカノールはそれ以上酸化ないため資化されないのです(【図3】)。

このシクロアルカンの例でも分かるように、石油成分の分解では、資化とともに共代謝が重要な役割を果たしています。上記の例では、シクロアルカンがなくなってもシクロアルカノールは残るように思われます。しかし、環境中には数多くの微生物が生息しているため、n-アルカン分解菌によって生成されたシクロアルカノールが、他の微生物によって、資化されることもあり得るのです。実際、環境中にはシクロアルカノール資化菌が存在しており、複数の微生物の混合培養によってシクロアルカンが無機化された例も報告されています。このように、共代謝によって生成された物質は、環境中に生息する他の微生物に利用され、無機化されていくことも多いです。

なお、共代謝ではエネルギーが得られないため、微生物は他の資化できる基質を必要とします。また、分解速度は、資化に比べると遅いのが普通です。

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バイオアベイラビリティー(bioavailability)

環境中では、分解菌が存在するにも関わらず、汚染物質の分解が起こらないことがしばしばあります。この理由としては、栄養塩が足りない、温度が低すぎる(高すぎる)、捕食者の影響、汚染物質の濃度が高すぎる(低すぎる)など幾つか挙げられますが、環境中での汚染物質の存在形態も重要な要因の一つです。

ある物質の微生物による利用のされ易さをバイオアベイラビリティーと言います。バイオアベイラビリティーが高いほど、その物質は微生物の分解を受けやすいことが分かっています。バイオアベイラビリティーは、その物質の化学構造そのものにも大きく影響されますが、環境中での存在形態もまた重要な要素です。例えば、汚染物質が土壌粒子や他の高分子有機化合物(腐植酸など)に吸着された場合、バイオアベイラビリティーは低下することが知られています。吸着によってバイオアベイラビリティーが低下するのは、分解菌の接近が妨げられたり、細胞内への取り込みや分解酵素の作用が阻害されるためでしょう。特に、汚染物質が微生物が入り込めないような微細な間隙に封じ込められた場合、バイオアベイラビリティーは大きく低下することになります。一般に、疎水性の高い物質は、土壌有機物(腐植酸など)に吸着され易いです。したがって、疎水性の高い物質ほどバイオアベイラビリティーが低くなる傾向にあります。

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細胞内への取り込み

疎水性の高い物質を微生物が細胞内に取り込む方法としては、現在のところ、以下の 3つの方法が考えられています。

  1. (1)水に溶けているものだけを取り込む。
  2. (2) 界面活性剤を合成し、疎水性物質を1μm以下の微粒子に乳化して、取り込む。
  3. (3) 疎水性物質の表面に付着して直接取り込む。

(1)の方法では、微生物はわずかながら水に溶けた炭化水素を利用します。水に溶けた炭化水素が微生物に消費されると、平衡が移動して、炭化水素はその分だけ新たに水に溶けていきます。したがって、この方法では、炭化水素の分解速度は水への溶解速度によって制限されることになります。

これに対して、(2)の方法では、微生物はバイオサーファクタントと呼ばれる界面活性剤様の物質を作り出して炭化水素を乳化します。乳化された炭化水素は、1μm以下の微粒子となって水中に分散し、細胞内に取り込めるようになります。この方法では水への溶解速度に関係なく炭化水素を取り込むことができるため、(1)の方法よりも分解速度は速いです。サーファクタント(surfactant)とは英語で界面活性剤のことであり、バイオサーファクタントとは生物が作り出す界面活性剤のことです。石油分解菌の多くは、石油を分解するときバイオサーファクタントを細胞外に分泌することが知られています。彼らは、石油を細胞内に取り込むためにバイオサーファクタントを使っているのです。乳化された石油は、バイオサーファクタントを生産した微生物だけではなく、他の分解菌も利用することができます。例えば、Zhangらは、シュードモナス エルギノーサ(Pseudomonas aeruginosa)という細菌の生産するバイオサーファクタントが、他のシュードモナス株のn-アルカン分解を促進させることを報告しています。バイオサーファクタントは、一般に、人工的に合成された界面活性剤よりも生物に対する毒性が弱く、生分解性が高いです。そのため、化学分散剤に替わるものとして石油汚染サイトの浄化に役立つのではないかと期待されています。

(3)は、微生物が石油の表層に付着して、直接、細胞内に石油を取り込むという方法です。微生物は、水層と石油層の界面で増殖します。この方法を用いる微生物は、細胞表層に石油表面に付着するための構造を持っているようです(親油性の包膜や毛状構造など)。この方法では、微生物が石油表層に付着することが石油分解にとって重要です。界面活性剤(バイオサーファクタント)は、一般に、石油分解を促進させるとされていますが、このタイプの微生物の場合、界面活性剤が存在すると石油表層への付着が妨げられてしまいます。そのため、このタイプの微生物では界面活性剤の添加によって石油分解が阻害されることもあります。このタイプの微生物は、多環芳香族炭化水素(PAH)の分解菌に多いようです。

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石油分解に影響を及ぼす環境要因

微生物の活動は、周囲の環境によって、大きな影響を受けています。石油分解菌の活動に適した環境条件になっていなければ、石油の分解は起こらないか、起こっても分解速度は遅いです。逆に、彼らが活発に活動できる環境が整っていれば、石油は速やかに分解されるはずです。バイオレメディエーションのポイントは、微生物の活動を制限している環境要因を見つけ出し、その制限要因を取り除くことだと言えるでしょう。一般に、微生物の活動に大きく影響する環境要因は、温度、酸素濃度、栄養塩濃度、湿度、pH、塩濃度などです。

温度

温度は、微生物の活動にとって最も重要な要素の一つです。微生物には、それぞれ生育に適した温度があり、10℃以下の低温に適応しているものもいれば、70℃以上の高温に適応しているものもいます。石油分解菌も適応温度の幅は広く、石油の微生物分解は、-2~70℃で起こることが確認されています。普通の環境であれば、-2℃以下になることはあっても70℃以上になることはまずありません。したがって、北国の厳冬期を除けば、ほとんどの環境で石油の微生物分解は起こり得ます。

しかし、一般的に見ると、石油の微生物分解は、温度が低くなるほど遅くなります。これには、酵素の活性が低下することのほか、石油の粘度が高くなって微生物が利用しづらくなること、揮発性物質の蒸発量が減って石油の残留毒性が高いまま維持されることなども関係しているようです。一般的には、20~30℃のとき、石油の分解は最も速いです。温度が高くなりすぎると、酵素の失活などのため、分解速度は落ちてきますが、日本のような温暖な気候の場合、気温が上がるほど石油分解速度は速くなると考えてよいと思われます。

冬の気温の低い時期には、温度が石油分解の制限要因となる場合が多いです。しかし、海洋での石油流出事故を想定した場合、海岸のような場所では、温度をコントロールすることは難しいです。したがって、厳冬期には、バイオレメディエーションを行わないという判断も必要でしょう。

なお、バイオーグメンテーションを考えるなら、低温でも石油を分解できる微生物を散布するという方法もあります。5℃でも石油を分解できるような低温菌が、これまでに幾つか単離されており、こうした微生物を使えば冬でもバイオレメディエーションを行える可能性はあります。しかし、前にも述べたとおり、バイオオーグメンテーションには効果や安全面での疑問が残されており、実施の際には慎重な検討が必要でしょう。

酸素

酸素は、石油の分解にとって重要です。微生物は石油の主成分である炭化水素を分解するとき、分子状酸素を利用します。そのため、ほとんどの石油分解菌は酸素が不足すると石油を分解できなくなります。

酸素は空気中から供給されるため、地表や海面では酸素不足が起こることはほとんどありません。しかし、酸素が供給されにくい地中や深海では、酸素不足によって石油の分解が制限されることも多いです。そのため、工場跡地などで行われる土壌バイオレメディエーションでは、耕作したり、地中に埋めたパイプから空気を送ったりして地中に酸素を供給しています。海岸では、地中への酸素の供給は波の作用によって行われています。波が打ち寄せたとき、海水に溶け込んだ酸素が海水とともに地中に供給されるのです。波の作用が強いほど、また、海岸の粒子が粗いほど、酸素は地中深くまで供給されます。そのため、波の低い海岸よりも高い海岸、砂浜海岸より礫海岸の方が、地中の石油は分解されやすいです。地中深く埋もれた石油は、酸素がほとんど供給されないため非常に分解されにくいです。ときとして、海岸の見た目を早急にきれいにするために漂着油を埋めてしまうといった方法がとられることがありますが、埋められた石油は、何年も、場合によっては何十年も分解されないまま残ってしまうことがあります。

近年、嫌気条件下でも石油の分解が起こることが確認されていますが、好気条件下に比べると分解速度はかなり遅くなります。

栄養塩

微生物の細胞は、多くの部分が酸素(O)、炭素(C)、水素(H)で占められていますが、その他にも窒素(N)、リン(P)、硫黄(S)など幾つもの元素が含まれています(【表1】)。そのため、微生物が増殖するためには、炭素源の他にこれらの細胞構成元素が必要なのです。炭素源と同様、これらの元素が不足しても微生物は増殖することができなくなります。

通常の状態では、自然界での石油濃度はそれほど高くないため、石油分解菌の増殖は石油の濃度によって制限されています。そこに石油流出事故が起こって大量の石油が供給されると、石油分解菌は一気に増殖を開始します。しかし、しばらく経つと、今度は別の元素が足りなくなって増殖できなくなり、その結果、石油の分解も止まってしまうことになります。

多くの場合、不足するのは、窒素(N)とリン(P)です。そのため、バイオスティミュレーションでは、窒素とリンの添加が行われます。実際、これらの栄養塩を添加すると、石油の分解が促進されることが多いです。エクソン・バルディーズ号事故で行われたのも、窒素、リンを含む栄養塩の添加でした。

【表1】微生物細胞の構成元素
元素 %乾燥重量
C 50
O 20
N 14
H 8
P 3
S 1
K 1
Na 1
Ca 0.5
Mg 0.5
Cl 0.5
Fe 0.2
その他 0.3

微生物が、ある量の石油を分解するときに必要とする窒素やリンの量は、微生物細胞のC/N 比、C/P 比に関係しています。例えば、100gの炭素を含む石油があったとき、そのうちの30%の炭素(30g)が細胞の材料に使われるとします(残りはエネルギー源)。このとき、微生物細胞に含まれるCとNの比、CとPの比がC:N=10:1、C:P=50:1だったとすると、必要な窒素とリンの量は、それぞれ3gと0.6gと見積もることができます。微生物が利用した結果、不足する栄養塩としては、窒素とリンのほか、鉄(Fe)が挙げられることがあります。鉄は、外洋では不足しているといわれており、温暖化防止のために海に鉄を散布して植物プランクトンの増殖を助け、二酸化炭素を吸収させようと提案している人もいます。しかし、海岸では鉄が増殖の制限要因になった例はあまり報告されていません。

その他の要因

その他にも微生物の増殖を左右する要因は幾つもあります。

微生物が活動したり増殖したりするためには、水分が必要です。そのため、乾燥しやすい地表では、水分が制限要因になることもあります。海岸の場合、潮間帯では周期的に潮汐に晒されるため、水分が不足することはあまりありません。しかし、潮上部は海水に晒されないため、乾燥し、石油の分解は遅くなります。嵐のときに高潮で潮上部に打ち上げられた石油は、そのままにしておくといつまでも分解されずに残存します。そのため、海岸クリーンアップでは、頂上部の汚染された石や礫を潮間帯に移動するという処置がとられることもあります。

pH は微生物の機能に大きな影響を与えます。多くの微生物は、中性~微アルカリ性領域のpH に適応しており、pH5以下で増殖は遅くなります。海水のpHは7.6~8.1であり、微生物の生育には適しています。そのため、pHが増殖の制限要因になることはあまりありません。しかし、塩湿地のような環境では、pHが5.0付近になっているため、石油の分解は遅くなります。塩度も微生物の増殖に影響を与えます。微生物は、概ね生息環境付近の塩度に適応しており、海洋細菌は海水の塩度に適応しています。海洋の塩度はほぼ一定に保たれているため、塩度によって増殖が制限されることもあまり考えられません。

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