バイオテクノロジー

安全性の評価

バイオレメディエーションを実施しようとする際、最も注意を払わなければならないのが安全性の問題です。安全性が確保されていなければ、地方自治体や地元住民の理解を得ることは不可能でしょう。これまでに行われたバイオレメディエーションのフィールド試験では、環境に対する悪影響が観察されたことはありません。したがって、バイオレメディエーションは概ね安全な技術だと考えることができるでしょう。しかし、バイオレメディエーションは、まだ始まったばかりの技術です。油処理剤でも見られたように、初期に大きな失敗が一度でもあると、その後安全性が向上しても悪いイメージを払拭することは難しいです。そのため、バイオレメディエーションを実施する場合には、環境にダメージを与えることがないよう十分注意して実施しなければなりません。

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栄養塩の安全性

栄養塩自体の安全性

散布する栄養塩が安全なものであるということは、当然のことのように思えます。しかし、安全性を証明することは、実は非常に難しいことです。化学物質に対する感受性は生物種によって異なり、pHや温度などの環境条件によっても変化します。すべての生物種について感受性を調べることは到底不可能であり、感受性テストは選ばれた少数のモデル生物で行わざるを得ません。モデル生物で得られた結果が全ての生物種に適応できるのかという保証は誰にもできず、経験的なものから「おそらく大丈夫」ということしか言えないのです。そもそも、天然物にも毒性物質は存在し、また一般的に安全だと思われているものも生物種や摂取量によっては毒物となります。よく「絶対安全なんですか?」と訊く人がいますが、世の中に絶対に安全なものなど存在しません。その物質を使うことによって得られる利益が、その物質の持つリスクよりも十分に大きいと考えられる場合には、その物質の使用を許すというのが現実的な選択でしょう。安全性試験は、そのリスクを予測するために行われるものです。

バイオレメディエーションに使用される栄養塩の場合、使用環境は既に漂着油によって大きなダメージを受けています。既に通常とは違う状態になっているのです。通常の状態であれば栄養塩を散布するなどという余計なことはしない方が良いに決まっていますが、油汚染された海岸では、栄養塩を添加して油の分解を促進させるという選択肢もあり得ます。油分解促進という利益が、栄養塩の持つリスクよりも大きければよいのです。使用される栄養塩が無機栄養塩水溶液や農業用肥料である場合、これまでの使用実績から安全性を予測するのは比較的容易であると思われます。無機栄養塩を使用するのであれば、これまでに蓄積されたデータから毒性が低いと考えられるもの選択して使用すればよいでしょう。なお、化学物質の安全性については、化学物質総合情報提供システム(CHRIP:http://www.safe.nite.go.jp/japan/db.html)や、国際化学物質安全性カード(ICSC:http://www.nihs.go.jp/ICSC/)などでも調べることができます。農業用肥料の場合は、既に農業等で使用されていることを考えると、栄養塩自体の安全性に格別な問題があるとは思われません。一方、エクソン・バルディーズ号事故で使用されたイニポールEAP22などの親油性栄養塩の場合、界面活性成分などの安全性が問題となる場合があります。イニポールEAP22では、エマルジョン安定剤として配合された2-ブトキシエタノールの毒性が懸念され、海洋性の魚類および無脊椎動物を用いた毒性試験が行われました。また、海岸散布後は、2-ブトキシエタノール濃度のモニタリングも行われました。

親油性栄養塩には、複数の成分が含まれているため、使用の際には栄養塩の毒性試験を行うことが望ましいです。また、含有成分の環境中での動態を把握できるように、成分全てが明らかにされている必要があります。市販のバイオレメディエーション剤などでは、含まれている成分が明らかにされていないものもありますが、そのような商品は使用するべきではありません。成分が明らかにされている必要性は、農業用肥料についても同様です。

日本では、「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)」で化学物質の製造・輸入・使用などが規制されています。また、1997年には、「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律(PRTR法)」が施行され、人の健康や生態系に有害な影響を及ぼす恐れのある物質の排出・移動の届出が義務付けられることになりました。これらの法律では、規制の対象となる化学物質がそれぞれ指定されています(化審法:http://www.nihs.go.jp/mhlw/chemical/kashin/kashin.html、PRTR法:http://www.env.go.jp/chemi/prtr/risk0.html)。バイオレメディエーションに使用する栄養塩を選択する際には、これらの化学物質管理法令や環境法令などの遵守を意識する必要があります。

栄養塩の毒性試験

日本では、これまで、人の健康影響に重点を置いて化学物質の審査が行われてきました。しかし、最近は、化学物質による生態系への影響に関心が集まるようになってきており、現在、環境省では化学物質の生態影響評価が進められています。

バイオレメディエーションに用いる栄養塩は、環境中、主に海岸環境に放出されるものであり、生態毒性を無視することはできません。ほぼ同様の環境で使用されると考えられる油処理剤の場合は、スケレトネマ・コスタツム(Skeletonema costatum:珪藻とヒメダカの急性毒性試験を行うことが義務付けられており、基準をクリアしないものは使用することができません(流出石油の処理-物理的回収と化学的処理- 【表1】油処理剤の規定および技術基準表 参照)。バイオレメディエーションに用いる栄養塩も、ほぼ同様の環境で使用することを考えれば、油処理剤と同等の毒性試験で十分であるとも考えられます。しかし、油処理剤では未だその安全性に不安を抱く人も多く、油処理剤の使用を阻む要因となっています。そのため、安全性に対する不安を取り除くためには、他の毒性試験も追加して行った方がよいのかもしれません。

【表1】OECDの化学物質生態影響評価試験ガイドライン
Test No. 試験生物 試験の種類
201 藻類 生長阻害試験
202 ミジンコ 急性遊泳阻害試験、繁殖試験
203 魚類 急性毒性試験
204 魚類 延長毒性試験
205 鳥類 摂餌毒性試験
206 鳥類 繁殖試験
207 ミミズ 急性毒性試験
208 陸上植物 生育試験
209 活性汚泥 呼吸阻害試験
210 魚類 初期成長段階毒性試験
211 ミジンコ繁殖試験(202 の改訂)  
212 魚類 胚と孵化稚魚の短期毒性試験
213 ミツバチ 急性経口毒性試験
214 ミツバチ 急性接触毒性試験
215 魚類稚魚 成長試験
216 土壌細菌 窒素変換試験
217 土壌細菌 炭素変換試験

また、栄養塩中に界面活性成分などが含まれている場合には、界面活性剤によってエマルジョン化された油が毒性を発揮する可能性があります。そのため、栄養塩単独の毒性試験のみではなく、油と栄養塩を共存させた場合の毒性試験も行うべきです(油処理剤では共存させた場合の毒性試験は義務付けられていません)。毒性試験には、急性毒性試験、慢性毒性試験のほか、遺伝子に対する影響を見る変異原性試験、生殖・発生毒性試験など様々な種類があります。毒性の判定についても、生死での判定のほか、行動異常で判定されることもあります。試験に使われる生物も様々です。現在先進国30カ国が加盟する経済協力開発機構(OECD)では、化学物質管理上ののリスク評価の導入が進められており、化学物質の生態影響評価試験ガイドラインの整備が進められています。OECDでは、2002年3月時点で、17の生態影響評価試験のガイドラインを整備しています(【表1】)。

これらのガイドラインでは、水生生物としては、藻類、ミジンコ、魚類が使われており、それぞれ推奨する種が挙げられています。しかし、OECDによって推奨されている種の多くは淡水産のものです。毒性試験は、必ずしも対象となる地域に生息する種を用いる必要はないといわれていますが、pHや塩濃度によって化学物質の毒性の発現が変化する可能性や、栄養塩を主として海岸で使用することから、海産の生物を用いた方がよいと考えられます。

海水産の生物としては、藻類では単細胞藻類である珪藻(Skeletonema costatum、Chaetoceros calcitrans)、緑藻テトラセルミス(Tetraselmis tetrathele)のほかノリなど、甲殻類ではアルテミアやスジエビ(Palaemonetes pugio)、アミの一種(Mysidopsisbahia)、魚類ではタイ、ヒラメ、トウゴロウイワシ(Menidia beryllina)のほか海水で順化したメダカなどが試験生物として用いられることが多いようです。このほか、ウニ(発生試験)、アサリの幼生や輪形動物のシオミズツボワムシ(Brachionus plicatilis)なども用いられることがあるようです。化学物質に対する感受性は、生物の種によって異なります。そのため、OECDのガイドラインでは、少なくとも藻類、甲殻類(OECDガイドラインではミジンコ)、魚類で試験を行うことを推奨しています。

富栄養化の可能性

栄養塩を散布することによって考えられる悪影響としては、まず海水の富栄養化が挙げられます。富栄養化とは水域中の栄養塩濃度の上昇によって藻類が異常増殖する現象で、これが起こると透明度の低下、異臭の発生など水質が大きく低下します。また、増殖した藻類の死滅・分解によって水中酸素濃度が低下し、魚介類の死滅を招くことも多いです。「赤潮」、「水の華」と呼ばれる現象も、富栄養化が原因だとも言われています。日本では、1970-80年代、リン系洗剤の使用によって湖沼の富栄養化が進行し大きな社会問題となりました。琵琶湖、霞ヶ浦などの水質は極度に悪化し、その結果、洗剤の無リン化が推進されることになったのです。バイオレメディエーションでは、石油分解菌の増殖を助けるため富栄養化の原因ともなる栄養塩を人為的に散布します。そのため、散布海域の栄養塩濃度に注意しなければ富栄養化を引き起こす可能性も考えられます。

エクソン・バルディーズ号事故の際に行われたバイオレメディエーション試験では、藻類の異常増殖をモニタリングするため、海水中のクロロフィル㈼濃度が測定されました。その結果、クロロフィル㈼濃度の上昇はみられず、藻類の異常増殖が観察されることはありませんでした。エクソン・バルディーズ号事故以外のフィールド試験でも、栄養塩の添加によって藻類の異常増殖が起こった例はまだ報告されていません。これらのフィールド試験では、試験規模が小さいために海域の栄養塩濃度に影響を及ぼすほどの量の栄養塩が使われなかったとも考えられます。一方、エクソン・バルディーズ号事故では、散布海域のアンモニア濃度がEPAの水質基準(【表2】)を超えないように注意して栄養塩の散布濃度が決められました。栄養塩の散布による藻類の異常増殖を防ぐには、このような配慮は不可欠です。日本では、海域の水質を保全するために海水の窒素・リン濃度に関する環境基準が環境省によって定められています(【表3】)。表中の水域類型は、環境省または地方自治体によって海域毎に指定されるものであり、水質に問題のある海域から優先的に指定作業が進行中です。したがって、日本沿岸の全ての水域類型が指定されているわけではありません。

【表2-A】US-EPAが定める塩水中のアンモニア濃度の水質基準
(maximum、全アンモニア(mg/L))

(出典:US-EPA, Ambient Water Quality Criteria for Ammonia (Saltwater)
-1989 (EPA 440/5-88-004),pp.30 (1989)より作成)
注:網掛はエクソン・バルディーズ号事故のフィールド試験で基準とされた数値。
アラスカの海岸環境に照らして選択されました。

【表2-B】US-EPAが定める塩水中のアンモニア濃度の水質基準
(continuous、全アンモニア(mg/L))

(出典:US-EPA, Ambient Water Quality Criteria for Ammonia (Saltwater)
-1989 (EPA 440/5-88-004),pp.31 (1989)より作成)
注:網掛はエクソン・バルディーズ号事故のフィールド試験で基準とされた数値。
アラスカの海岸環境に照らして選択されました。

【表3】「生活環境の保全に関する環境基準(海域)」(環境省)
水域類型 利用目的の適応性 基準値
(全窒素)
基準値
(全りん)
該当水域
I 自然環境保全及び㈼以下の欄に掲げるもの
(水産2種及び3種を除く。)
0.2 mgL 以下 0.02 mg/L 以下 第1 の2 の(2)により
水域類型ごとに指定する水域
II 水産1種 水浴及び㈽以下の欄に掲げるもの
(水産2種及び3種を除く。)
0.3 mg/L 以下 0.03 mg/L 以下
III 水産2種及び㈿の欄に掲げるもの
(水産3種を除く。)
0.6 mg/L 以下 0.05 mg/L 以下
IV 水産3種 工業用水 生物生息環境保全 1 mg/L 以下 0.09 mg/L 以下
測定方法 規格45.4 に定める方法 規格46.3 に定める方法  
備考
  1. 1 基準値は、年間平均値とする。
  2. 2 水域類型の指定は、海洋植物プランクトンの著しい増殖を生ずるおそれがある海域について行うものとする。
(注)
  1. 1自然環境保全:自然探勝等の環境保全
  2. 2水産1種:底生魚介類を含め多様な水産生物がバランス良く、かつ、安定して漁獲される
    水産2種:一部の底生魚介類を除き、魚類を中心とした水産生物が多獲される
    水産3種:汚濁に強い特定の水産生物が主に漁獲される
  3. 3生物生息環境保全:年間を通して底生生物が生息できる限度

US-EPAは、海岸間隙水の窒素濃度が1-2mg/Lに保たれたとき、炭化水素分解菌の活性が最大に近くなると述べています。この値は、水域類型㈿の窒素濃度基準よりも若干高めです。しかし、栄養塩を散布した海岸間隙水の窒素濃度は、周辺海水よりも高くなることが予想され、また、海岸が油汚染された異常な状況であることを考慮すると、間隙水の窒素濃度は1-2mgに維持しつつ、周辺海水の水質は水域類型㈿の基準を目指すというのが現実的な選択かもしれません。もし、環境基準を大幅に超えるようなことがあれば、栄養塩の散布は中止するべきです。

アンモニアの毒性

その他に栄養塩が引き起こす問題としては、アンモニアの毒性が挙げられます。アンモニアは「毒物及び劇物取締法」で「劇物」に指定されています。水中では、アンモニアはアンモニウムイオン(NH4+)あるいは遊離アンモニア(NH3)の形で存在しており(H2O+NH4+↔NH3+H3O+)、毒性を示すのは遊離アンモニアの方です。NH4+とNH3の平衡は温度とpHによって変化し、pHと温度が高くなるほどNH3の割合が多くなって毒性が増します。そのため、US-EPAでは、pHと温度によってアンモニアの水質基準を設定しています(【表2】)。

したがって、バイオレメディエーションで窒素源を散布する場合には、アンモニア濃度に十分注意しなければなりません。バイオレメディエーションで添加された窒素源は、アンモニウム塩の形で与えられていなくても、微生物反応によってアンモニアに変換されることがあります。有機性窒素の場合には、微生物に分解される過程でアンモニアが発生します。ノヴァ・スコティアで行われたフィールド試験では、魚骨粉の繰り返し散布によってアンモニア濃度の上昇が観察されました。このプロットから採取されたサンプルは、他のアンモニア濃度の上昇が観察されなかったプロットのサンプルよりも、高い毒性を示しました。このように、繰り返し散布を行う場合には、アンモニアの蓄積に十分注意する必要があるでしょう。

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微生物分解を受けた石油成分の毒性

バイオレメディエーションでは、微生物によって環境中の有害物質を分解・除去することを目指しています。しかし、逆に、微生物によって未知の有害物質が生成されてしまう可能性も否定できません。

石油汚染のバイオレメディエーション試験を行ったときの毒性の変化を調べた研究では、時間の経過と共に毒性は低くなる傾向があります。これは、石油中の毒性の高い成分(主に軽質な成分)が、時間の経過と共に微生物分解や蒸発によって失われていくためでしょう。

しかし、石油成分が微生物の作用を受けると水溶性の成分が増加し、それによって毒性が上昇する場合もあります。この実験はフラスコ内という閉鎖系で行われたため、毒性の高い水溶性成分がフラスコ内に蓄積したものと思われます。実際の海岸は開放系であるため、たとえ水溶性成分が生成されたとしても、海水によって希釈され、フラスコ内のように高濃度になることはないでしょう。しかし、閉鎖性の高い場所、たとえば塩湿地や小さな入り江などでは、毒性の高い成分が蓄積する恐れもあります。そのため、そのような閉鎖性の高い場所でのバイオレメディエーションには注意した方が良いでしょう。

また、閉鎖性がそれほど高くない場所でも毒性成分が蓄積していないことを確認するためのモニタリングは必要です。毒性成分によって生物が大量死するといった大きな被害が起こらないよう、海岸や隣接海域の毒性変化には十分注意しなければなりません。しかし、微生物分解によってどのような物質が生じるかは不明な点が多いため、化学分析では毒性の変化を感知することは難しいです。そこで、毒性のモニタリングには、生物の反応を利用したバイオアッセイ法が用いられます。

モニタリングでは、なるべく早く毒性の変化を知る必要があるため、長期間の経過観察が必要な試験方法は向いていません。(株)海洋バイオテクノロジー研究所では、バイオレメディエーション中の石油の毒性変化をモニタリングするために、石油の毒性に高い感受性を示す試験生物の探索を行ってきました。感受性テストには、取り扱いの簡便さなどを考慮し、緑藻テトラセルミス(Tetraselmis tetrathele)、輪形動物シオミズワムシ(Brachionus plicatilis)、甲殻類アルテミア(Artemia sp.)のノープリウス幼生、棘皮類エゾバフンウニ(Strongylocentrotusintermedius)の卵および幼生の4種が供されました。この感受性テストの結果、簡便性、再現性、感受性の点から、この4種の中では輪形動物シオミズワムシが試験生物として最も優れていると判断されました。

また、毒性の迅速スクリーニング法としては、STRATEGIC DIAGNOSTICS社 AZUR Environmental(旧Microbics社)の提供するマイクロトックスシステム(Microtox RapidToxicity Testing System:http://www.azurenv.com/)が用いられることがあります。マイクロトックスは、海洋性発光バクテリアVibrio fischeri(旧名Photobacteriumphosphoreum)の発光の強さが化学物質の毒性によって減少することを利用したシステムで、暴露に要する時間は15分と短いです。そのため、毒性変化のモニタリングには適した方法だと言えるでしょう。

魚類を用いた急性毒性試験は、上記の試験生物を用いた方法よりも、通常、長い時間を要しますが、漁業への配慮が必要な場合には行った方がよいかもしれません。魚類は、一般的に初期成育段階での感受性が高く、成魚や卵では感受性が低いです。したがって、魚類を使った急性毒性試験では、初期成育段階(胚-稚魚)のものを用いるべきでしょう。それでは、初期成育段階では、どの段階のものを用いるべきでしょうか? US-EPAのMiddaughは、受精から4時間、48時間および96時間経過したニシン(Clupea pallasi)の胚を用いて、石油の微生物分解によって生じた水溶性成分の毒性試験を行っています。結果は、受精から4時間後の胚が最も高い感受性を示しました。この結果を参考にすると、受精から長い時間経過した胚よりも、受精後早い時期の胚を用いた方がよいと言えるでしょう。

【表4】DNAの損傷を検出する遺伝毒性の評価方法
試験法 試験の概要 使用例
(文献)
Ames テスト 大腸菌またはサルモネラ菌のアミノ酸要求株(Escherichia coli WP2, Salmonella typhimurium TAseries)を用い、これらの株が遺伝毒性物質に曝されたときにアミノ酸非要求性に戻ることを利用する試験法。 Claxton et al.(1991)
umu テスト 大腸菌のDNAが損傷を受けたときに発現するumu遺伝子にlacZ遺伝子を連結し、遺伝毒性物質に曝されたときのlacZの発現を検出する方法。 Oda et al. (1985)
comet assay 細胞をアルカリ加水分解後、スライド上で電気泳動すると、正常なDNAは核内に留まるが、損傷のあるDNAは核外へ移動し、染色すると彗星状のパターンを示す。このパターンからDNAの損傷を定量する方法。 Kammann et al.(2000)
Kammann et al.(2001)
32P ポストラベル法 DNAを酵素処理後、32Pリン酸基を付加し、正常なDNAを薄層クロマトグラフィーで除去します。遺伝毒性物質が結合してDNAと付加物を形成している場合は除去されないため、残された32Pラベルを定量することによりDNAの損傷を定量することができる。 Harvey et al. (1997)
Harvey et al. (1997)
Akcha et al. (2000)

化学物質の毒性のうち、遺伝毒性は、遺伝子の本体であるDNAや染色体が傷つくことによって生じるものです。遺伝毒性は癌の発生や子孫への影響として現れるため、遺伝毒性のモニタリングも行っておくべきでしょう。遺伝毒性を評価する手法は、分子生物学的な手法を取り入れることによって急速に進歩しており、短時間で検出可能な方法も開発されてきています(【表4】)。これらの方法は、微生物を使って突然変異の頻度を調べたり(Amesテスト、umuテスト)、現場の生物から採取されたDNAの損傷を直接検出したり(comet assay、32Pポストラベル法)する方法です。

また、マイクロトックスの提供元として紹介したAZUR Environmentalからも、同じく海洋性発光バクテリアの発光を利用した遺伝毒性評価系(Mutatox Test System:http://www.azurenv.com/)が提供されています。これは、発光バクテリアの発光能が失われた突然変異株M169を用いるシステムで、遺伝毒性を持つ物質に曝されると突然変異が誘発されて発光能が回復することを利用しています。

石油が微生物分解されたときの遺伝毒性の変化については、これまでほとんど研究されてきませんでした。しかし、上記で紹介したような方法を用いれば、短期間で遺伝毒性を評価することができます。今後は、これらの方法を利用した石油の微生物分解産物の遺伝毒性を評価する研究が求められています。

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独立行政法人製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジーセンター  バイオ技術評価・開発課(かずさ)
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