MALDI-TOF MS 微生物同定用ライブラリーに使用した微生物

クラドスポリウム（Cladosporium）属は一般にクロカビと呼ばれ、土壌や住環境などの幅広い環境で見つかります。これらの多くは空中浮遊する胞子を作り、空調機器などを通じて住環境へ放出されることで食品汚染、浴室の壁やカーテンなどの布地の黒色変化の原因となるほか、ぜんそくなどの呼吸器系疾患の原因となる菌としても知られています。
　分類体系は非常に複雑で、複数の遺伝子領域から種の判別を行う必要があり、簡便な識別方法が望まれています。
　NITEでは、市販ライブラリーに含まれていない4種16株をMALDI-TOF MSで分析し、MALDI BiotyperとSARAMISに対応したライブラリーを作成・提供しています。

ラクトコッカス属はヨーグルト等の乳酸発酵食品に多く含まれるグラム陽性菌で、特に Lactococcus lactis は乳酸菌として最初に発見された種です。ラクトコッカス属は以前はストレプトコッカス属に位置づけられており、口腔、人畜、臨床試料などに見い出される乳酸菌とも深い関係があります。
 　ロイコノストック属は、生成する乳酸の異性体がＤ型となるヘテロ発酵型の乳酸菌です。なかでも Leuconostoc mesenteroides は植物の発酵に関係が深く、農場のサイレージ、ザワークラウト、ワインの製造過程に存在します。一方、希にヒトに対して日和見感染症を発症させる報告例もあります。
　ラクトバチルス属^注は、古くからヨーグルトの製造に利用されてきている乳酸菌です。一方、日本酒醸造の現場では、日本酒の風味の劣化の原因である火落ち菌としても有名です。
　NITEでは、ラクトコッカス属、ロイコノストック属の18種33株をMALDI-TOF MS で分析し、MALDI Biotyper とSARAMIS に対応したライブラリーを作成・提供しています。ラクトバチルス属は18種57株をMALDI-TOF MSで分析し、MALDI Biotyper とSARAMIS に対応したライブラリーを作成・提供しています。

注：Zheng, J. et al. (2020). Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 70, 2782-2858.により異なる属に再分類された種を含む。

狭義のサッカロマイセス（Saccharomyces sensu stricto）は、アルコール発酵を行うことでパンやワイン、ビールなどを作る菌を含むことで知られています。
　食品などに利用できる有用な菌が多く含まれるため、簡便かつ精度の高い識別・同定が望まれる一方、それぞれの菌種同士が非常に近縁で従来法では識別・同定が非常に困難です。
　NITEでは、10種99株をMALDI-TOF MSで分析し、MALDI BiotyperとSARAMISに対応したライブラリーを作成・提供しています。

黒麹菌は胞子の色が黒褐色の糸状菌で、土壌や空気中、パンや穀物で見つかります。これらの仲間であるAspergillus nigerをはじめとする数菌種は、発がん性のあるカビ毒（オクラトキシンほか）を産生し、食品汚染やハウスダストなどの呼吸器系の疾患の原因となる危害菌として知られています。
　一方、Aspergillus awamoriをはじめとした酒類の醸造や酵素の製造に用いられる有用な菌種も黒麹菌の仲間に含まれています。
　NITEでは、黒麹菌のうち14種49株をMALDI-TOF MSで分析し、MALDI BiotyperとSARAMISに対応したライブラリーを作成・提供しています。

アシネトバクター属は、土壌や河川水などの自然環境中に広く生息するグラム陰性細菌で、約60種が存在します。環境汚染物質分解菌や原油分解菌などの産業上有用な株が存在する一方、A. baumannii、A. haemolyticus をはじめとする病原菌種が存在し、更にいくつかのアシネトバクター属種は多剤耐性を獲得し、世界的な問題となっています。
　 NITE では、34 種 71 株を MALDI-TOF MS で分析し、MALDI Biotyper と SARAMIS に対応したライブラリーを作成・提供しています。

シュードモナス（Pseudomonas）属は土壌などあらゆる環境に広く分布する細菌で、多様な分解能力に富むグラム陰性の桿菌です。特に Pseudomonas putida は、その優れた油分解能力により環境浄化（バイオレメディエーション）に利用可能として世界で初めて特許登録された種です。P. putida グループは 16S rRNA 配列だけでは近縁種同士の識別が難しく、簡便で同定精度の高い方法の開発が望まれています。

放線菌の仲間で、土壌中に広く存在します。ノカルディア（Nocardia）属は偏性好気性で細胞壁中に抗酸性を有しています。一般に長い菌糸状で、やがてそれが分断して桿状または球状の細胞となります。一方、ヒトや動物に対して、ノカルディア症（日和見感染症）の原因となる種（N. asteroides, N.　brasiliensis, N. farcinica, N. nova, N. otitidiscaviarum, N. transvalensis など）が存在します。また、N. vaccinii は植物へ、N. salmonicida は魚類への病原性が報告されています。
　NITE では、81 種（invalid name を含む） 96 株を MALDI-TOF MS で分析し、SARAMIS に対応したライブラリーを作成・提供しています。

Aspergillus 属は世界中に広く分布する糸状菌で、本属の中に 1000 種近くが知られています。その多くは土壌の腐生菌や空中浮遊菌ですが、コウジカビ（A. oryzae、A. sojae）は、酒をはじめとする発酵食品製造に使用されます。一方、食品・製品を腐敗・劣化させたり、マイコトキシンを産生したり（A. flavus, A. parasiticus）、肺疾患を引き起こす種も存在しており、有用菌種と有害菌種が近縁で判別が難しい菌種です。
　NITE では、10 種 127 株を MALDI-TOF MS で分析し、MALDI BiotyperとSARAMIS に対応したライブラリーを作成・提供しています。