化学物質管理

CMC letter No.5(第5号) - [所長室から]

連載第2回 無農薬を求めることは…

「所長室から」も第2回となりました。前回は、大変好評をいただき、冊子の追加注文もありました。
心から、感謝申し上げます。
今回は、農薬やカイコの話です。どうぞ、ご活用下さい。

農薬使用と収穫率について、社団法人日本植物防疫協会が1991年と1992年に実施した調査研究結果が公表されている。

それによれば、全国のべ59カ所で稲、リンゴ、キャベツなど主要12作物について、農薬を使用した「防除区」と農薬を使用しない「無農薬区」に分け、収穫、出荷金額への影響が調査されている。

結果として農薬を使用しない場合の収穫率は使用した場合に比較し、稲で73%、トマトで61%、キュウリで39%、キャベツで37%、リンゴで3%、モモで0%となっている。また、収穫率とともに品質も低下し、収穫率の減少以上に出荷金額も低下している。

つまり、モモは全滅。リンゴもほぼ全滅状態であり、さらに、リンゴについては2年目に再び農薬を使った慣行防除に戻したものの、前年の被害の後遺症により着花数減少などがあって満足な収穫を得られず、また、2年連続で農薬を使用しない場合、枯れる木さえもあったと報告されている。

これを読んで、とても驚いた。

この資料自体は、おそらくいかに農薬が我々の食料生産に役立っているかを説明しようとしたものであろうが、私が驚いたのは、現在生産されている農作物自身が農薬無しでは満足に生育できないものになっているということである。

つまり、農作物は長年に渡り収穫率や品質の向上を目指して人の手によって品種改良が進められてきたのである。すなわち、現在の農作物、農業自身がすでに農薬使用を前提とした品種、生産方法になりつつあることがうかがえる。

農薬無しではモモの収穫はゼロとなる。ここでのモモとは1個数百円もする丸々とした高級白桃だけとは思わないが、私が子供の頃に心配しながら木に登って取って食べた、決してうまいとは言い難いスモモであれば、無農薬でも収穫率は100%なのであろう。

結局、人口増加への対応や我々の食べ物への飽くなき要求が、野生種には存在しなかった収穫率の高いトマトや甘くて大きくて瑞々しいモモを開発させたのであって、それはまた、農薬による十分な保護下でなければ、到底、生育、結実、収穫などできないことが容易に予想される。

ところで、絹を生産するカイコ(カイコガ:家蚕)は、自然界にはいない種だそうである。つまり、山に生えている桑の木のどこを探しても、絶対にカイコを見つけることは不可能と聞いている。

カイコは、東アジアに生息するクワコを人類が何千年もかけて改良に改良を重ね今の生物になったものであり、自然界には存在しない。当然、カイコを桑の木に放しても生きていけないし、自然には繁殖しない。

カイコは他の昆虫の幼虫と異なり、ほとんど移動しなければ逃げることもしない。ただ、頭の上から人間様が降りかけてくれる桑の葉をじっと待っているだけである。

カイコのイメージ図 繭をつくって羽化した後も、羽はあるものの飛ぶことはできない。周辺をぐるぐる回るだけである。後は、交尾をして卵を産んで死んでしまう。

人類によって、これほどまでに品種改良された生物が自然界で生きていける訳がない。人類が養蚕を止めた時が、カイコの絶滅する時だと言われている。

今では、我々が普段食べているモモやリンゴもきっとカイコと同じなのであろう。考えて見れば、我々が花屋で目にするチューリップやシクラメンだって到底自然界で繁殖できるとは思えない。

ただ、その開発、育成手段の一つとして農薬というものが必要だったかどうかだけの違いなのであろう。

[化学物質管理センター 所長 坂口正之]

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