CMC letter No.1(創刊号) - [特集・1]化学物質のリスク評価についての取り組みとその成果
化学物質は、我々の生活を便利で豊かなものにしています。一方で、利用方法を間違えると、ヒトの健康や自然環境に悪影響を及ぼす可能性があることも事実です。
我々が快適な生活を送るためには、化学物質のベネフィット(どのくらい便利なのか?)とリスク(どんな悪影響がどのくらいあるのか?)を認識して、上手につき合っていく必要があります。
今回は、化学物質のリスク評価について、NITE 化学物質管理センターが行っている取り組みとその成果をご紹介します。
化学物質のリスク評価・管理に対する関心の高まり
化学物質による環境汚染の未然防止に関する国民の関心が急速に高まっていることを受けて、事業者による化学物質の自主的な管理の改善を促進し、環境の保全上の支障を未然に防止することを目的とした「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律」(以下、化管法)が、平成11年に制定されました。
この法律により、ヒトの健康や生態系に有害な影響を及ぼすおそれがあり、かつ、環境中に広く存在すると認められる化学物質について、環境への排出量及び廃棄物に含まれる移動量を、事業者自らが都道府県を経由して国に届け出るとともに、国はその届出データを集計し公表する仕組み(PRTR制度)が整いました。
NITE化学物質管理センターでは、PRTR制度に基づく届出の集計から公表に至る一連の支援業務やPRTRデータの活用に取り組んでおり、その集計結果等をリスク評価に活用しています。
また、国による科学技術振興の指針である「科学技術基本計画(平成13年3月閣議決定)」における国家的・社会的課題に対応した研究開発の重点化分野の環境分野に位置づけられたプログラムとして、経済産業省の施策である「化学物質総合評価管理プログラム」が実施されています。
このプログラムはいくつかのプロジェクトから構成されており、そのうちの「化学物質のリスク評価及びリスク評価手法の開発プロジェクト」は、「環境と調和した健全な経済活動と安全・安心な国民生活の実現」及び「化学物質のリスクの総合的な評価を行い、リスクを適切に管理する社会システムの構築」を目指して、平成13年度から実施されている研究開発プロジェクトです。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業として、独立行政法人 産業技術総合研究所 化学物質リスク管理研究センター(以下、CRM)、財団法人 化学物質評価研究機構(以下、CERI)と連携してNITE化学物質管理センターが取り組んでいます。
化学物質のリスク評価及びリスク評価手法の開発プロジェクト
本プロジェクトのうち、NITE化学物質管理センターでは、「暴露情報の整備及び暴露評価手法の開発」と「リスク評価手法の開発と初期リスク評価の実施」を担当しています。
初期リスク評価とは、多数の化学物質に対して画一的な評価手法を適用し、高いリスクが懸念されるために詳細なリスク評価を必要とする物質を選定するための評価(スクリーニング)のことをいいます。化管法の対象物質(435物質)のうち、特に環境中の生物への影響やヒトへの健康リスクが高いと考えられ排出量の多い化学物質を中心に150物質(ただし、農薬及びオゾン層破壊物質を除く。)を初期リスク評価の対象物質とし、ヒト健康への影響と生態(水生生物)への影響に関するリスク評価を実施しています。
暴露評価手法の開発
暴露評価では、ヒトや水生生物が化学物質をどのような経路でどのくらい摂取するかを推定します。水生生物に対しては、河川水中濃度から推定した推定環境濃度(EEC)を用いて暴露評価を行っています。また、ヒトが化学物質に暴露される経路としては、吸入暴露、経口暴露(飲料水+食物)を主要な経路と考え、大気中濃度、飲料水中濃度、食物中濃度を設定し、吸入・経口それぞれの暴露量を推定しています。さらに、必要に応じて皮膚からの経皮暴露なども考慮しています。
暴露評価に使用する濃度は、実際に調査などによって得られた「測定値」と、数理モデルによって得られた「推定値」の2種類があります。
「測定値」は、各省庁や研究所、地方自治体の調査結果さらに学術論文などから収集・整理します。調査別、測定年度別に測定値の95パーセンタイルを算出し、暴露評価に用いる濃度の候補とします。
「推定値」は、大気中濃度と河川水中濃度に関して、数理モデルを用いて推定します。大気中濃度の推定には、同じプロジェクトの一環として、CRMで開発した広域大気中分布予測モデルであるAIST-ADMERを、河川水中濃度の推定には、同じくCERIで開発した関東地域河川濃度推定数理モデルIRM1、または日本化学工業協会が開発したPRTR対象物質簡易評価システムのいずれかを排出実態に応じて使用しています。
大気、河川いずれのモデルにおいても、NITE化学物質管理センターで開発した「事業所情報及び排出量等分布情報の管理・表示システム(PRTR排出量割り振りシステム)」を用いて作成した排出量データ(大気、公共用水域(河川)の環境媒体別にPRTRデータの排出量を割り振り、排出地点の地理情報を加えたデータ)を使用しています。
水生生物のリスク評価のための推定環境濃度(EEC)は、河川水中濃度の「測定値」と「推定値」を比較し大きい値を採用し、ヒトの推定摂取量は、大気中濃度の「測定値」と「推定値のうち最も高濃度となった地点の値」を比較し大きい値を用いて吸入経路の暴露量を、飲料水中濃度の測定値、食物中濃度の測定値を用いて経口経路の暴露量を推定します。
飲料水中濃度の測定値が得られない場合には、地下水中濃度や河川水中濃度で代用することとし、食物中濃度が得られなかった場合には、魚体内濃度を用いて食物からの摂取量を推定する方法や、さらに海水中濃度や河川水中濃度を用いて魚体内濃度を推定する方法も取り入れています。
以上のように、NITE化学物質管理センターで開発した初期リスク評価のための暴露評価手法は、
- PRTRデータを活用した全国規模の濃度推定
- 安全サイドに立った暴露評価
- 測定値は95パーセンタイルを暴露評価に用いる濃度として採用
- 測定値と推定値の両方がある場合には大きい値を採用 - 測定データが得られない暴露経路に関する摂取量推定手法の体系化
を行っているという点で画期的な手法であるといえます。
リスク評価とプロジェクトの成果
リスク評価では、暴露評価の結果とCERIが行った有害性評価の結果を勘案して、その化学物質のリスクの大きさを判定し、更なるデータの収集、詳細な評価が必要な化学物質を選定します。
有害性評価によって得られた無影響濃度(NOEC)及び無毒性量(NOAEL)と暴露評価によって得られた推定環境濃度(EEC)及び推定ヒト摂取量(EHI)を比較して、その余裕度である暴露マージン(MOE)を求め、MOEとNOEC及びNOAELに内在する不確実さ(不確実係数:UF)とを比較することによりリスク評価を行っています。この方法の特徴は、「有害性データの不確実さ」を数値として明示することで、仮に「悪影響を及ぼすことが示唆される」と判断された場合でも、データの信頼性の程度により、今後の取るべき方策が明らかになるところにあります。
環境中の水生生物に対するリスク評価では、無影響濃度として、藻類・甲殻類・魚類の3つの栄養段階の個体レベルの影響のうち最も小さな値を用います。ヒト健康に対するリスク評価では、吸入・経口の摂取経路別に、無毒性量として、ヒトに対する疫学等の信頼性のあるデータを用いることを基本としますが、得られなかった場合は実験動物等のデータから、一般毒性に関する最も小さい値を用います。生殖・発生毒性、閾値のある発がん性については、一般毒性より小さい無毒性量がある場合には評価の対象としています。
平成18年1月までに評価を終えた123物質について、ヒトの健康影響に関しては、吸入経路の暴露からアクロレイン、二硫化炭素、スチレン、ホルムアルデヒド※、キシレン※、クロロホルム※、ベンゼン※の計7物質を、経口経路の暴露からピリジン、アクロレイン、アセトアルデヒド※、ヒドラジン、アクリルアミドの計5物質を、生態(水生生物)への影響に関しては、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸及びその塩(LAS)※、ノニルフェノール※、りん酸ジメチル=2,2-ジクロロビニル(DDVP)、アニリン、ヒドラジン、アクリル酸等の計17物質を、「悪影響を及ぼすことが示唆され、詳細な調査、解析及び評価を行う必要がある」物質と評価しました。そして、これらのうち※を付した物質は、CRMによって詳細リスク評価が行われています。
プロジェクトの最終年度となる平成18年度までの6年間のプロジェクト期間を通じて、150物質の初期リスク評価を行うことを目標としています。
プロジェクトの成果物は、NITEホームページから公開されており、初期リスク評価手法をまとめた「化学物質の初期リスク評価指針」及び「初期リスク評価書作成マニュアル」、評価書としては75物質の「有害性評価書」、51物質の「初期リスク評価書」が公開されています。
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- 独立行政法人製品評価技術基盤機構 化学物質管理センター
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