CMC letter No.16(第16号)-[特集・1]構造活性相関・カテゴリーアプローチに関する取組
カテゴリーアプローチを用いた化学物質の生物濃縮性予測手法の検討
化学物質管理センター 安全審査課
1.はじめに
水中の化学物質が、魚のえらや体表から生体内に取り込まれ、濃縮されることを生物濃縮といいます。生物濃縮性は、化学物質の食物連鎖による人体への蓄積性を考える上で、非常に重要な指標となります。しかし、実測試験を行うには費用と時間がかかるため、化学物質の構造から生物濃縮性を予測する方法として構造活性相関手法の活用がEU等の行政当局でも検討されています。
NITE化学物質管理センターでは、化審法の審査業務を支援するために、平成21年度からNITEに構造活性相関委員会を設置し、既存化学物質安全性点検結果の魚類における生物濃縮性データ(約800物質)を基に、カテゴリーアプローチを用いた化学物質の生物濃縮性の予測手法について検討を行っています。
本稿では、構造活性相関委員会での議論をとりまとめた化学物質の魚類における生物濃縮性のカテゴリーアプローチの考え方および各カテゴリーに分類される化学物質の生物濃縮性の定義ならびに予測手法について、説明します。
2.カテゴリーアプローチとは
化学物質の分子構造や物理化学的性状などの特徴から、グループ分け(カテゴリー化)を行い、カテゴリーに該当する未試験化学物質の有害性を予測する方法です(図1)。
この方法は、有害性が既知の化学物質の情報から予測根拠を明示することが可能であるため、透明性の高い議論を行うことができる方法として、国際的にも検討が進められています。しかし、化学物質の生物濃縮性を対象としたカテゴリーアプローチによる予測手法は、現在までに提案されていませんでした。
図1 カテゴリーアプローチのイメージ図
3.魚類における生物濃縮性のカテゴリー分類とは
当センターでは、構造活性相関委員会において、生物濃縮のメカニズムに基づいたカテゴリーアプローチによる生物濃縮性予測手法の検討を行ってきました。
そして、当委員会における検討結果から、魚類における化学物質の生物濃縮性は、①化学物質の生体内への取り込みのメカニズム、②化学物質と生体分子との間の分子間相互作用、③化学物質の反応性の違いによって、8つのカテゴリーに分類できると結論付けました(次ページの図2)。
図2 化学物質の魚類における生物濃縮性のカテゴリー分類
①化学物質の生体内への取り込みのメカニズム
化学物質の生体内への取り込みは、主にえらの生体膜上の呼吸細胞における受動拡散(濃度勾配)によって起こると考えられています。また、ごく一部の生体に必要な糖やタンパク質に類似な物質は、能動輸送や膜動輸送などの受動拡散以外のメカニズムによって生体内に取り込まれると考えられています。
化学物質毎の生体内への取り込みメカニズムが異なることから、生体への取り込み主要因が受動拡散である物質(カテゴリーⅠ~Ⅴ)と受動拡散ではない物質(カテゴリーⅥ)は、別のカテゴリーとして取り扱うことが必要です。
②化学物質と生体分子との間の分子間相互作用
生体膜透過における化学物質と生体膜分子との間の分子間相互作用は、大まかにA.ファンデルワールス力、B.双極子―双極子相互作用、C.水素結合性相互作用、D.イオン性相互作用の4つに分類されます。一般的にA<B<C<Dの順で右にいくほど分子間相互作用が強く、AまたはBが主要な分子間相互作用として働く化学物質は、生体膜透過における受動拡散以外の影響が少なく、化学物質の疎水性を表す値(logPow*1)と生物濃縮性(logBCF*2)との間に良好な相関を持つ傾向にあります(カテゴリーⅠ、Ⅱ-A)。他方、生体膜透過における化学物質と生体膜分子との分子間相互作用において、A、Bに加えてCまたはDが働く物質は、受動拡散以外の因子が強く働き、logPowとlogBCFとの相関が弱い傾向にあります(カテゴリーⅡ-B、Ⅲ)。
③化学物質の生体内での反応性
タンパク質結合性を持つ物質は、タンパク質と結合することで生体内から排出されにくく、蓄積されやすいと考えられます(カテゴリーⅣ)。また、代謝反応によって、生体内で分解されやすい物質は、蓄積されにくい傾向にあります(カテゴリーⅤ)。また、水中で速やかに加水分解される物質は、分解生成物で蓄積性を評価する必要があります(カテゴリーⅦ)。
4.各カテゴリーにおける生物濃縮性予測手法
化学物質の生物濃縮性における受動拡散以外の因子の影響が少ないカテゴリーⅠおよびⅡ-Aに分類される物質は、化学物質の疎水性を表す値であるlogPowとlogBCFとの間に良好な相関を持つため、logPowを記述子としたlogBCFの予測式[logBCF=1.03 logPow(計算値)*3-1.48(n= 54, R2=0.890)]を用いて、生物濃縮性を予測することが可能です。
カテゴリーⅡ-B、Ⅲ、Ⅴについては、構造活性相関委員会における検討結果から、logBCFと良好な相関を持つパラメータを見出すことができませんでした。しかし、これらのカテゴリーに分類される物質については、分子構造(基本骨格、官能基)と物理化学的性状(分子サイズ、pKaなど)が類似な物質は、類似な生物濃縮性を持つことが確認できたことから、Read-across(類推)を用いた生物濃縮性予測が有用であることが分かりました。
また、カテゴリーⅣ、Ⅵに分類される物質は、魚類における生物濃縮の実測データおよびメカニズムに関する既知見が少ないため、現時点では生物濃縮性予測手法の検討を行うことができない物質群であると結論付けました。
各カテゴリーに分類される化学物質の定義および生物濃縮性予測手法の詳細については、次のURLから公開している報告書(PDFファイル)をご参照下さい。
カテゴリーアプローチによる化学物質の生物濃縮性予測に関する検討結果の公表について:
http://www.safe.nite.go.jp/kasinn/qsar/category_approach.html
5.まとめ
報告書として取りまとめたカテゴリーⅠ、Ⅱ-A、Ⅱ-B、Ⅲ、Ⅴに分類される化学物質の定義および生物濃縮性予測手法を用いることによって、無機金属化合物、高分子化合物を除く約95%の既存化学物質の生物濃縮性を評価することが可能となります。
また、本手法を用いた新規化学物質および既存化学物質の生物濃縮性の予測結果は、化審法の審査における参考資料として、化学物質審議会に提出されています。今後は、化学物質のリスク評価などにおける本手法の行政利用の可能性についても検討を行う予定です。
- *1 1-オクタノールと水の2つの溶媒層に化学物質を加えて、平衡に達したときの濃度比
- *2 化学物質の[生体内濃度]と[水中濃度]との比
- *3 KOWWIN ver1.67(US EPA)を用いて算出
はじめに
NITE化学物質管理センターでは、化学物質審査規制法(化審法)の審査に用いるために集積された有害性データを解析し、構造活性相関を明らかにするとともに、その予測結果の化審法への効果的な活用を推進するための業務を行っています。
当センターは、平成19年度から23年度にかけて独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構及び経済産業省プロジェクト「構造活性相関手法による有害性評価手法開発」に参加し、反復投与毒性のカテゴリーアプローチによる評価を支援するためのシステム「有害性評価支援システム統合プラットフォーム(Hazard Evaluation Support System Integrated Platform、通称:HESS)」及びこれに付属するデータベースシステムであるHESS DBを開発する業務に携わりました。HESS及びHESS DBは、平成24年6月より当センターのホームページから無料で公開しています。
(http://www.safe.nite.go.jp/kasinn/qsar/hess.html)
公開後の登録ユーザー数は平成24年10月現在、海外からの登録を含め240名を超えました。HESS及びHESS DBは有害性評価に関わる専門家の判断を支援するシステムです。そのため利用者のシステムの習熟を促進し、利用者の意見を聴取してよりよいシステムを構築するため、HESS及びHESS DBの操作法の習得を目的とする「NITE QSAR講習会」を開催しました。
NITE QSAR講習会の概要
本講習会は、HESS及びHESS DB公開後1、2ヶ月となる本年7月26日、8月21日に、NITEで開催しました。
化学メーカーで安全性情報を取り扱う業務に携わる方々を中心に、製薬メーカーの安全性研究部門、動物試験受託機関、公的研究機関などから参加がありました。
内容は2部構成とし、第1部では、HESSのシステム構成、ソフトウェアに格納されている反復投与毒性試験データ(一般化学物質500物質)、NITEにおけるHESSの今後の運用方針などについての説明の後、ケーススタディとして、HESSを用いた評価対象物質(1,4-Dichloro-2-nitrobenzene)の1.システムへの化学構造の入力、2.プロファイリング機能の使用方法、3.類似物質のデータを用いたデータギャップ補完の方法などについて、操作実習を行いました。
第2部では、HESS DBのシステム構成、データベースに格納されている化学物質の安全性情報の詳細情報についての説明の後、ケーススタディとして、HESS DBに格納されているデータの検索方法(CAS番号、化学物質名、化学構造に基づく検索など)、格納されているデータの見方などについて、操作実習を行いました。
本講習会終了後に実施したアンケート調査では、開発されたシステムの機能について肯定的なコメントを多数頂きました。HESS及びHESS DBの利用法については、「評価対象物質やその類似物質の安全性情報(実測試験の有無)の確認」が最も多く、次いで「カテゴリーアプローチによる有害性予測」、「実測試験を行う際の参考情報の収集」がありました。また、安全性試験の担当者に紹介し、社内で利用を検討するという声もありました。今後の要望として、データの充実を期待する声が非常に多く聞かれました。化学メーカーではカテゴリーアプローチで評価したい自社化合物の類似化合物がデータベース中で見つからないことがしばしばあるようです。その他日本語への対応、インストールの簡便さ、バージョンアップ、自社有害性試験データを効率的にデータベースへ入力するシステムの構築、講習会を定期的に実施して欲しいなどの声が寄せられました。
現在、本講習会に参加頂けなかった方のために、講習会と同様の内容の動画を作成・公開する準備を進めています。また、今後も引き続き講習会の開催を検討しています。
まとめ
当センターでは、本講習会参加者並びにその他の登録ユーザーに対し、継続して意見・要望を聴取すると共に、本システムを維持・更新する体制を整備していきます。今後は継続的にアップデート情報をユーザーに提供するとともに、我が国の化学物質管理に有効に活用されるよう、化審法リスク評価への対応を検討していく予定です。
図1 NITE QSAR講習会の様子
図2 HESSの操作の流れ(一部抜粋)
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