化学物質管理

CMC letter No.10(第10号) - [特集・1]NITE化学物質管理センターの業務成果 ~学会発表から~

NITE化学物質管理センターでは、業務成果をさまざまな形で情報提供しています。現在は、CHRIPのようにデータベースやホームページでの公開が主ですが、学会も大きな成果の発表の場となっています。本年度も、いくつかの学会で発表が行われていますが、そのうち、第36回構造活性相関シンポジウム、日本リスク学会第21回年次大会での発表から3つの事例の概要を掲載します。詳細については、それぞれの学会の予稿集をご参照下さい。

2008構造活性相関シンポジウム
カテゴリーアプローチを用いた化学物質の生物濃縮性予測

池永 裕、櫻谷 祐企、佐藤 佐和子、中島 基樹、山田 隼

背景

近年、試験コストの削減や動物愛護の観点から、実測試験を行わずに未試験の化学物質の人影響及び生態影響へのリスクを評価する方法として、(Q)SAR、カテゴリーアプローチ、類推などの利用が検討されています。

"カテゴリーアプローチ"とは、有害性が既知の化学物質を分子構造、物理化学的性質または有意な規則に当てはめることでグループ分け(カテゴリー化)を行い、カテゴリーに該当する未試験物質のリスクを評価する方法です。この方法については、OECDなど、国際的にも検討が行われています。当センターでは、化学構造を基に化学物質の生分解性、生物濃縮性を評価するためにさまざまな手法を活用してきました。本研究は、カテゴリーアプローチを用いた化学物質の魚類における生物濃縮性の評価手法を検討したものです。

方法

カテゴリー化の検討には、信頼性の高いデータを解析に用いることが必要です。そのため、国が実施した化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)の既存化学物質点検結果のうち、有機低分子化合物(511物質)の魚類における生物濃縮性試験データを精査し、対水溶解度以下の濃度で試験が行われている397物質のデータを選定して解析に用いました。カテゴリーの検討と作成には、OECD Toolbox ver.1.0を用い、logKowの算出には、KOWWIN ver.1.62を用いています。

結果

カテゴリー"単環ベンゼン類"では、logKowとlogBCFの相関が良好でした(図1)。このカテゴリーの該当条件は以下の通りです。

  1. Ⅰ.基本骨格にベンゼンを持つ
  2. Ⅱ.環数=1
  3. Ⅲ.構成元素はH、C、ハロゲンのみ
  4. Ⅳ.側鎖に2、3重結合を含まない

このカテゴリーに該当する物質は、水素結合性または解離性の官能基を持たないため、単純な受動拡散によって生体膜を透過し、生体内に取り込まれていると考えられます。このように化学物質の魚類における生物濃縮性の評価にカテゴリーアプローチを用いれば、類似物質の情報や予測根拠を明示することができます。そのため、化学物質の生物濃縮性を精度良く評価することが可能と考えられます。

一方、カテゴリー"リン酸エステル"の場合は、logKowとlogBCFの良好な相関が得られませんでした。しかし、このうち、脂肪族鎖状物質のみを見ると、類似な構造、物理化学的性質を持っていること、濃縮性が低いことから類推による予測が有効と考えられました。

図1 logKowとlogBCFの相関(単環ベンゼン類)

  • ※logKowは物質の疎水性の程度を示します。水溶解度や生物濃縮倍率などの推定に使用されます。BCFは生物への濃縮性を示しています。

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2008構造活性相関シンポジウム
ニトロベンゼン類の反復投与毒性試験データの解析

西川 智、櫻谷 祐企、佐藤 佐和子、山田 隼、前川 昭彦、林 真

背景

前に述べた、カテゴリーアプローチの一つの例として、ニトロベンゼンの解析結果を示します。カテゴリーアプローチにより物質間で反復投与毒性を比較するためには、各物質の毒性の特徴を表現することが必要です。各物質の毒性の特徴を正確に表現するためには、試験報告書の検査値や病理組織学所見を詳細に解析することが必要です。

そこで、反復投与毒性(ある決められた期間に化学物質を繰り返し与えることで発現する毒性)のカテゴリーアプローチを確立するため、化審法及び米国NTP(国家毒性計画)の反復投与毒性試験データの解析を行いました。この研究は、ニトロベンゼン類について反復投与毒性と化学構造の関係を解析したものです。

方法

15物質のニトロベンゼン類のラット経口投与(強制または混餌)反復投与毒性試験報告は、厚生労働省と米国NTPのウェブサイトから主に収集しました。これらの報告書を調査することにより、それぞれの物質の各標的臓器に対するLOELを定義しました。そして、カテゴリー化を行うため定義した標的臓器(影響が出る臓器)毎のLOELと化学構造上の特徴との関係を調査しました。

ニトロベンゼン

結果と考察

ニトロベンゼン類は化学構造上の特徴と反復投与毒性に基づき7つのグループに分類しました。表1に各サブカテゴリーのいくつかの臓器に対するLOELの範囲を示します。溶血性貧血はニトロベンゼン類において、低用量において最も頻繁に認められた所見でした。ニトロフェノール類やニトロベンゼンスルホン酸類など、水溶性の高い物質では溶血性貧血の作用は低くなる傾向があります。

病理組織学的検査結果から、非常に類似した精巣への影響がいくつかのカテゴリーのニトロベンゼンに共通して認められていました。これらの精巣毒性はニトロ基を有さないアニリン類では認められていませんが、1,3-ジニトロベンゼンで報告されているものと似ていました。1,3-ジニトロベンゼンの精巣毒性は、精巣においてニトロ基からアミノ基へ代謝される際に誘引されるものと考えられています。したがって、今回調査した反復投与毒性で認められたニトロベンゼン類の精巣毒性は、肝臓でアミノ基に代謝されないニトロ基が原因となっている可能性が考えられます。このように、化学構造上の特徴から、影響が出る臓器毎のLOELを推定できることが確認できました。

表1 雄ラットの反復投与毒性をベースとしたニトロベンゼン誘導体のカテゴリー化
No. サブカテゴリー 物質数 投与期間(日) 最高投与量
(mg/kg/day)
NOEL
(total)
各臓器に対するLOELの範囲(mg/kg/day)
血液 肝臓 腎臓 精巣
1 ニトロベンゼン 1 42 100 <20 20 20 60 60
2 ニトロトルエン 3 90 694-723 <45-86 165-179 42-342 82-661 353-723
3 ジクロロニトロ ベンゼン 2 44-45 100-200 <8-5 8-25 25-40 25-200  
4 ニトロフェノール 2 28 1000 160-400        
5 ニトロベンゼン スルホン酸 2 28-42 700-1000 175-300 700- 700-    
6 ニトロアニリン 2 28 170-300 <15-300 15-100 15-300 50- 50-
7 ジまたは トリニトロフェノール 3 28-42 7-100 <1-4 80- 80- 2-100 7-
  • ※「-」は、最高投与量でも、毒性影響はなかったことを示しています。
  • ※LOELとは、毒性試験で、何らかの影響が見られた最小用量のことを言います。

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平成20年日本リスク研究学会(第21回年次大会)
用途情報を利用した化学物質の排出量推計手法の検討

平井 祐介、山田 亜矢、苑田 毅、石川 勝敏、村田 麻里子、小塚 康治

背景

化学物質の環境を経由した暴露やそのリスクを評価するためには、化学物質の環境中への排出に関する情報が必要不可欠です。これまでに、「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律」(化管法)のPRTR制度で得られる環境中への排出量データを活用したリスク評価手法が開発され、環境モニタリングデータが無い場合でも、スクリーニングを目的とした初期リスク評価や個別物質に着目した詳細リスク評価が可能となりました。

しかし、わが国で製造・輸入される数千から数万の数の化学物質に対象を拡げ、その環境を経由したリスクを一律にスクリーニング評価することを目的とした場合、PRTR排出量データなどの情報が無くとも、排出量を推計する手法が必要です。

そこで、EU(欧州連合)のリスク評価に用いられていた2種類の排出量推計手法【EURAM(European Union Risk rAnking Method)、EU TGD(Technical Guidance Document)】を参考に、化学物質の『用途』に着目し、製造量や用途別出荷量にEUのリスク評価に用いられる排出係数を乗じて排出量を推計する手法を10物質について試行し、その妥当性や課題を検討しました。

方法

必要となる情報量の異なるEUの2種類の排出量推計手法の比較とともに、PRTR排出量データの比較を行いました。

排出量の推計には、化審法の第二種特定化学物質、第二種監視化学物質の製造・輸入量、都道府県別用途別出荷量、用途情報を用いました。

試行対象物質とした化学物質は次のとおりです。

  1. (1)二硫化炭素
  2. (2)ヒドラジン
  3. (3)塩化メチレン
  4. (4)塩化ビニル
  5. (5)エチレンジアミン四酢酸(EDTA)
  6. (6)りん酸トリス(2-クロロエチル)(TCEP)
  7. (7)ジクロルボス
  8. (8)o-ジクロロベンゼン(o-DCB)
  9. (9)デカブロモジフェニルエーテル(DBDE)
  10. (10)トリクロロエチレン(TCE)

結果の概要

EURAMとTGDによる推計排出量の比較では、対象とする地域範囲(全国、地方、局所[1事業所レベル])が狭まるにつれ、排出量の差が開く物質が増えましたが、ほとんどの物質ではその差は1/10以内でした(全国レベルの結果を図2に示しました)。

しかし、より少ない情報量で推計したEURAMによる推計値がTGDによる推計値より小さい値になったことは、少ない情報でスクリーニング評価し、その次の段階で詳細な情報を用いて評価するという段階的な評価へEUの2つの手法をそれぞれそのまま適用することが難しいことを示唆しており、より少ない情報量での推計値の方が大きな値を取るような修正が今後必要と考えられます。

TGDによる推計排出量とPRTR排出量の比較では、推計排出量はPRTR排出量の0.8~900倍でした。推計対象地域で分けて整理すると、「全国」、「広域」では、ほとんどの物質が1/10以内の差に収まりましたが、「局所」では1/10以上に差が開く物質が増えました。「局所」において差が開く傾向については、EUの用途分類(UC)や排出係数の値が、わが国の実態と合っていないのか、さらに検討する必要があると考えられます。

一方で、スクリーニングを目的とした評価の場合、過小評価しないことが一番に重要であるため、その目的には概ね適ったと考えられます。

しかし、塩化ビニルのように過大な推計値が得られた物質もありました。この要因は、この物質が非常に高生産量の化学物質であることから、国内供給量にEUの排出係数を乗じる方法では大きな値が推計されること、また、大気汚染防止法等で規制されていることから、同じ用途のワーストケースを想定したTGDの排出係数の値と比べ、実際の値は小さいことが考えられました。したがって、このような特徴を持つ化学物質(例えば、1,3-ブタジエンなど)に焦点を当て、さらなる検討が必要と考えられます。引き続き、これらの物質以外の用途を持つ物質で試行し、その結果を精査していく必要があります。

図2 PRTR排出量と2つの推計値の比較(全国レベル)

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