バイオテクノロジー

調査結果

実証試験の結果

試験区-1の116日目に回収した海砂採取用カラムに設置した小型自動温度測定装置に記録された試験期間中の温度変化を【図1】に示します。海砂温度は、日変動があるものの、季節変動はほとんどなく、25~35℃のバイオレメディエーションに適した範囲内で推移していました。日変動範囲は、上部のカラムほど大きく、特にP5カラムでは一日の温度差が10℃近く変動する日が多くありました。これは、P5カラムに設置した温度計の海砂位置では海水面の降下により不飽和状態になる時間が長く、気温の影響を強く受けていたためと考えられます。

【図1】カラム内の温度変化
【図2】カラム外観
(左から右へ試験区-1→試験区6)

試験開始時、10日後、60日後、116日後における海砂採取用カラムの外観を示します(【図2】)。

油の物理的な海砂内への浸透は、油の添加直後で約20cm、10日後で約40cmまで達していることが視認できました。10日目以降の油の拡散は、緩効性肥料を添加した試験区-3~試験区-6のカラムで観測され、特に、試験区-6のカラムでは、P3カラムへの油の拡散が視認できました。試験開始前の海砂は黄土色でしたが、27日目以降に、油で汚染されていないカラム下部の海砂が青銅色へ変化していく様子が確認されました(試験区-1を除く)。

【図3】試験終了時の油分の除去効果(IR法)

IR法による全油分濃度の試験前後における減少傾向を【図3】に示します。カラム内壁に付着した油量を考慮しても、投入油量の200gに対して試験開始時の測定油分量は約160gと小さい値でした。これは、アラビアンライト原油中に、IR法の測定で使用した溶媒では抽出できないレジン分、アスファルテン分等の重質油成分が存在しているためと考えられます。

試験終了時に、緩効性肥料を添加していない試験区-2のカラムを含め、すべてのカラムで油分濃度の減少が確認されました。緩効性肥料を添加していない試験区-2においても油分の減少が確認された要因として、本実証試験で使用した海砂が生活排水の影響を受けて比較的高濃度の栄養塩を含んでいたため、自然に油分が微生物分解された結果と考えられます。油分の減少率は、緩効性肥料の投入量に応じて高くなる傾向が試験区-3、試験区-4、試験区-5の結果から確認できました。また、緩効性肥料を海砂表面に散布した試験区-5と、海砂上面から深さ20cmまで緩効性肥料を混合した試験区-6の油分減少率は、ほぼ同様の値を示しました。一方、試験区-6では緩効性肥料を添加したP5カラムにおける油減少が試験区-5と比較して顕著であることも確認されました(【図3】試験終了時の油分の除去効果(IR法))。

試験終了後の試験区-2、試験区-5及び試験区-6のP5カラムにおけるクロマトグラフを【図4】に示します。クロマトグラフは、縦軸(強度)を同一の目盛りを用いて表示しています。緩効性肥料を添加していない試験区-2においてもすべての領域で油成分の減少傾向が確認されましたが、試験区-5及び6では油の減少量が大きく、特に、試験区-6については、大部分の油成分が除去されていることが確認されました。本クロマトグラフの結果は、P5カラムにおける全油分濃度の結果と相関性があり、緩効性肥料を直接海砂に混合することによる浄化効果が裏付けられました。

【図4】GC-FIDクロマトグラフの変化(P5・116日後)

さらにこの結果から、試験終了後の試験区-2、試験区-5及び試験区-6のP5カラムにおける飽和分(C12~C36)、ナフタレン(C0~C4)、ジベンゾチオフェン(C0~C4)、フェナントレン(C0~C7)、フルオレン(C0~C2)の各成分の初期濃度に対する残存率を算出したところ、試験区-6では、飽和分だけでなく、芳香族分も良く分解されていることが示されました。

全試験区P4カラムの間隙水中の全細菌数の推移を【図5】に示します。間隙水中の全細菌数は、試験開始前に105cells/mLオーダーで確認しましたが、油と緩効性肥料を添加した試験区-3~試験区-6のカラム上方(P3~P5)の間隙水中では、3~4オーダーの細菌数の増加が確認されました。

【図5】間隙水中の全菌数の推移(P4)
【図6】間隙水中のDO・ORPの推移(P4)

全試験区P4カラムの間隙水中の溶存酸素濃度の推移を【図6】(左)に示します。試験開始時における間隙水中の溶存酸素濃度の鉛直分布から、上方のカラムに存在する間隙水ほど溶存酸素濃度が高いことが示されました。一方、油を添加した試験区-2~6では、試験期間中に溶存酸素濃度の減少傾向が確認され、上方の油が存在しているカラム(P4、P5)では溶存酸素濃度がほとんど消失しました。なお、ヒューム管内部の海水中の溶存酸素濃度は、ヒューム管外部の海水と比較して低い傾向を示しました。

全試験区P4カラムの間隙水の酸化還元電位の推移を【図6】(下)に示します。油を添加した試験区-2~試験区-6の間隙水の酸化還元電位は、試験開始時に+100mV程度でしたが、試験開始とともに減少していき、試験終了時には-300~-400mVまで低下していることが確認されました。なお、ヒューム管内部の海水の酸化還元電位については、試験区ごとの違いは確認されませんでした。

自動波高計(試験区-1のヒューム管内に設置)に記録された試験期間中の海水位変動を【図7】に示します。ヒューム管内の海水位は、周辺海域の干満に応じて周期的に変化しました。試験開始時と比較して、試験開始60日後以降は満潮時における海水位が大きくなる傾向を示しました。

【図7】コンクリート管内の水位変動

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原油分解の環境パラメータの考察

好気性石油分解菌による油分解量を推測するため、カラム内に供給される酸素濃度について試算しました。カラム内での海水位の上下動の都度、カラム下部からは酸素を含む海水、カラム上部からは大気に含まれる酸素が海砂内に供給されます。カラム下部から供給される酸素量は、水位の上昇分に当たる海水量にコントロールである試験区-1のカラム内の平均酸素濃度(3.86 mg/L)を乗じて、試験期間を通じた酸素の総供給量は0.72g/columnと算出されました。一方、カラム上部から供給される酸素量は、カラム内の海砂表面からの水位の低下分にあたる空隙量(空隙率42 %から海砂不飽和時の含水率6.3 %を引いた間隙比率から計算)に大気中の酸素濃度(21 %)を乗じて、試験期間を通じた酸素の総供給量は57.14gと算出されました。この結果から、海砂中への酸素供給の大部分は、大気からの酸素供給が占めていることが分かります。

次に、試験に用いたウェザリング処理済み原油で最も含有量が多いC16飽和分(ヘキサデカン)を原油中の炭化水素化合物の代表物質として酸素消費量を試算しました。ヘキサデカンの完全分解に必要な酸素供給量は次式で計算できます。

C16H34 + 24.5 O2 → 16 CO2 + 17 H2O

試験期間を通じてカラム内の酸素濃度は全量消費されると考えると、酸素消費量に基づく理論的な油分解量は試験の経過日数にほぼ比例して一次関数的に減少し、試験期間を通じたカラム内の油減少量は約17gと推定されました。一方、試験期間における各試験区の油分濃度の実測値は、ややばらつきはあるものの一次関数的減少し、油分解量は計算値を大きく上回りました。

好気性石油分解菌による油の理論分解量が実測値より低くなった要因として、界面活性効果で間隙水中に可溶化した油分がカラム下部から流出した可能性があります。しかし、ガラスフィルターに試験区-6を除いて油成分による着色がみられなかったことから、油分のカラム外への流出は限定的であると考えられます。

各カラムの酸素供給量はほぼ同一と考えられ、酸素が油分解の制限因子となっていることは環境測定の結果からも明白です。その一方で、油の分解量は緩効性肥料を多く添加した試験区ほど大きくなっています(【図8】)。

【図8】酸素消費による油の理論分解量と実分解量

緩効性肥料の添加量は、余剰な栄養塩が間隙水中に残存せず、かつ、油分解効果が得られている条件が最適であるといえます。【図9】にP4カラムにおける間隙水中の全窒素濃度の推移を示します。この結果、初期投入量60g/columnの試験区-6及び初期投入量30g/columnの試験区-5においては、間隙水中の窒素濃度が大きく上昇することが確認され、海水の二次汚染を引き起こす可能性が懸念されました。

【図9】間隙水中の全窒素濃度の推移(P4)

一方、試験区-4の初期投入量5g/columnより少ない緩効性肥料の投入量であれば、間隙水中に高濃度の窒素が残存する可能性が低いことが示されました。試験区-4における緩効性肥料の1回分の単位面積当たり添加量は、約600g/m²でありますが、試験区-4における試験開始後2か月間の緩効性肥料の溶出率は約50%であったため、2か月間で緩効性肥料が全量溶出する可能性があることを考慮すると、緩効性肥料の1回分の単位面積当たり添加量は、300g/m²以下に抑制すべきであると考えられます。

油分濃度の測定結果から、特に、海砂表面に緩効性肥料を散布するよりも砂中に混合する方が、砂中の油分解効果が高いことが示されました。オスモコートからの窒素供給速度は、緩効性肥料を砂中に混合した試験区-6で溶出速度が大きく、オスモコートのスペック上の肥効期間である3~4か月で約90%の栄養塩の放出が行われていることが確認されました。一方、表面散布を行った試験区-5では、試験開始から2か月間は肥料の溶出速度が小さい値でした。この原因として、試験開始から2か月間は満潮時の水位が地表面より下部に位置する日が多く、肥料の溶出が促進されなかったためと推察されます。肥料からの栄養塩供給を継続させるため、少なくとも、干満差が小さい時期における満潮時の海水位の高さより低い位置に緩効性肥料を混合しておくことが重要であると考えられます。(【図10】)。

【図10】緩効性肥料中の残存窒素量

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菌叢の解析

試験区-6から得たサンプルについて、DNAを抽出し、菌相を解析しました。DNA解析から求めた試験区-6における菌相の推移を【図11】に示します。代表的な好気性石油分解菌であるAlcanivorax属細菌は、試験開始直後に高い比率を占めましたが、その後は優占率が低下し、通性嫌気性菌であるMarinobacter属やその他の嫌気性菌の比率が高くなっていることが確認されました。したがって、油の中間代謝産物として間隙水中に可溶化した有機酸等は、緩効性肥料から溶出した硝酸性窒素を電子受容体として増殖する嫌気性菌により分解が促進されたものと推察されました。

本実証試験の模擬汚染海砂環境では、好気性菌だけでなく嫌気性菌が原油の分解に深く関与し、これらの細菌群を総合的に活性化することにより酸素が制限因子となっている環境下でも油分解を促進できる可能性があることが示されました。

【図11】菌相(クローン存在比)の推移(試験区-6)
【図12】コミュニティー・トランスクリプトーム解析および
クローンライブラリー解析から予想された細菌種の分布

試験区-6から得た試験開始後10日目のムース化原油では、n-アルカン成分の約30%が分解されていました。このサンプルについて、コミュニティー・トランスクリプトーム解析し、前記の菌相解析(クローンライブラリー解析)の結果と比較しました。コミュニティー・トランスクリプトーム解析は、汚染現場に存在する細菌の代謝活性の割合を示し、クローンライブラリー解析は、汚染現場に存在する細菌の割合を示します。コミュニティー・トランスクリプトーム解析では、抽出したRNAからcDNAを合成して、得られた11,062分子からrRNAをコードしている1,172配列をランダム抽出して解析しました(【図12】左)。クローンライブラリー解析では、抽出したDNAを鋳型にしてrRNAコード領域をPCR増幅し、クローン化して48配列を解析しました(【図12】右)。

両者の結果を比較すると、Alcanivoraxが優占菌種であることが強く示唆されました。一方、クローンライブラリー解析の結果では、Marinobacterは48配列のうち1配列しか検出されませんでしたが、コミュニティー・トランスクリプトーム解析の結果では、2番目に優占化した菌種であると示されたため、Marinobacter は、汚染現場での代謝活性が高いということが考えられます。また、クローンライブラリー解析の結果、Alphaproteobacteriaは高い割合を占めましたが、コミュニティー・トランスクリプトーム解析の結果では、Alphaproteobacteriaは少なく検出されました。このことから、Alphaproteobacteriaは海水中にある一定量存在しますが、代謝活性は低いことが考えられます。

さらに、コミュニティー・トランスクリプトーム解析を通じてmRNAと判定された122配列について、その機能を推定しました。生命活動に必須である転写(transcription)・翻訳(translation)にかかわるもの、また、機能が未知のものを除くと、防御(defense)及び脂肪酸代謝(lipid metabolism)にかかわるものが目立ちました。石油を分解している現場から得られたRNA由来であるので、脂肪酸代謝にかかわる遺伝子が多く発現するのは予想されましたが、防御にかかわる遺伝子が多く発現していたことは予想外でありました。防御にかかわる遺伝子の中でも、トレハロース類似物質合成酵素(L-2,4-diaminobutyric acid acetyltransferase)やトレハロース合成酵素が目立って発現していました。トレハロースは、ストレス(栄養塩欠乏、乾燥、ヒートショック等)に応答して合成されると報告されていることから、石油汚染現場では何らかの微生物がストレス状態にあることが示唆されました。

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まとめと提言

本実証試験の結果、以下の知見を得ることができました。

  • 海砂が油で汚染された海域をバイオレメディエーションで浄化する場合の緩効性肥料の添加方法として、肥料を表面に散布する方法よりも油汚染した海砂と混合して埋設する方法が適しています。その理由として、1)緩効性肥料からの栄養塩の溶出を阻害せず、緩効性肥料が存在する海砂周辺の油分解効果が高い、2)緩効性肥料が海砂中に埋設されるため、景観の悪化を防止でき、波や干満によって緩効性肥料が流される危険性が少ない、の2点が挙げられます。
  • 緩効性肥料を用いる場合に海洋の二次汚染を防止するためには、特に海水の窒素濃度の上昇に考慮する必要があります。オスモコート(14-14-14)を使用する場合には、1平方メートル当たりの供給量を300g以下に抑えるべきです。
  • オスモコート(14-14-14)の有効期間は、ほぼカタログデータと一致しており、2~4ヶ月でありました。実際の浄化に用いる場合は、油汚染状況や酸素の供給速度を考慮して、適正量の緩効性肥料を浄化期間に応じて分割して供給するべきです。
  • 油分解には好気性微生物だけでなく嫌気性菌も重要な役割を果たしている可能性があります。これらの微生物群の相互作用を十分理解することにより、より効率的なバイオレメディエーションを実施できる可能性があります。
【図13】パリ島における油漂着事故とその状況

 2008年10月に、汚染源不明の油が実証試験の拠点であるパリ島に漂着しました(【図13】パリ島における油漂着事故とその状況(a)、(b))。その後、物理的回収が進みましたが、一部については、除去できないままでした(【図14】)。

【図14】油漂着汚染のメカニズムと浄化対策

この汚染に対して、バイオスティミュレーション試験を開始しましたが、本調査事業終了によって、その後の解析は、インドネシア科学院(LIPI)に委ねられました。このような事態が再来したときのため、LIPIに対して、以下を骨子とする対策案を提出しました(【図14】)。

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