バイオテクノロジー

海岸のクリーンアップ (海岸清掃)

石油の回収を努力して行っても、大規模流出事故では海岸に流出油が漂着してしまう場合も多いです。漂着油は海岸の生物に害をなすことが多く、また海水浴や釣り、海上スポーツなど人間のレクリエーション活動の妨げにもなるため、できる限り早く海岸から除去することが望ましいです。そこで行われるのが、海岸のクリーンアップです。

海岸クリーンアップでは、作業の効率と環境に与える負荷を考慮しながら、その場所に合った方法を選択していくことが求められます。そのため、クリーンアップ作業を指揮する人は、海岸クリーンアップに関するある程度の知識を持っている必要があります。なお、流出油への対処法については、海上災害防止センター(http://www.mdpc.or.jp)で、石油取扱施設、地方公共団体担当者などを対象に毎年訓練を実施しています。

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クリーンアップの方法

海岸の保護と浮遊油の回収

海岸に流出油が押し寄せてきた場合、まず行わなければならないのは、オイルフェンスで海岸を守り、できるだけ漂着量を減らすようにすることです。しかし、大量の油が流出し、汚染が広範囲に及んだ場合には、すべての海岸線をガードすることはほぼ不可能に近いです。そのため、発電所や工場の取水口、養殖場や希少生物の生息地など経済的、生態学的に重要だと思われる場所が優先的にガードされることになります。なお、オイルフェンスは幾重にも張った方がより効果的です。

こうした努力も虚しく、流出油が海岸に漂着してしまった場合、油が漂着し続けている最中にクリーンアップ作業を行ったとしても、またすぐに汚染されてしまうため、クリーンアップ作業は油があらかた漂着してしまってから開始するのが普通です。

油が漂着した海岸で、まず行わなければならないのが、未汚染地域に油が移動するのを防ぐことです。海岸に打ち上げられた漂着油が、波や潮汐の作用で再び海に戻ると、未汚染地域に移動して汚染が拡大する危険性があります。こうした汚染の拡大を防ぐためには、海岸付近の海面に浮遊する油をオイルフェンスで岸との間に封じ込め、他の地域に移動しないようにしなければなりません。封じ込めた油は、油回収装置やバキュームカーなどを使って回収します。

油の移動が概ねなくなり、汚染拡大の危険性が低くなると、作業の主体は海岸クリーンアップへと移行します。

海岸の種類

一口に「海岸」といっても、砂浜や岩石海岸、あるいはコンクリートによる護岸海岸など、海岸には幾つかのタイプがあります。砂や岩、コンクリートなど海岸を構成するものによって浸透性などが違うため、海岸の種類によってクリーンアップの方法や難易度も変わってきます。

クリーンアップに影響する主な要素は、海岸を構成する粒子の大きさ(砂、砂利、石など)と波のエネルギーの大きさです。海岸を構成する粒子のサイズが大きいほど浸透性は高くなるため、砂利や礫の海岸では、砂浜よりも漂着油は地下深くまで移動します。地下に浸透した油は除去するのが難しく、また微生物分解もされにくくなるため、長期にわたって残存する傾向が強いです。こうして地下に埋もれた油は、潮汐や波の作用によってときどき表層に浮き出してくることがあります。

波のエネルギーは、海岸の浄化速度に大きな影響を与えます。波の強い海岸では、漂着油は波によって洗い流されていくため海岸は比較的速く浄化されていきます。一方、入り江などの遮蔽された海岸では、波のエネルギーが地形に遮られるため、漂着油はなかなか洗い流されていかず、長期にわたって海岸に残留する傾向にあります。

クリーンアップ方法の種類

海岸クリーンアップには様々な方法が使われており、どの方法がよいかはその場所によって違ってきます。それぞれの方法に一長一短があり、そうした各方法の特徴を把握しておかなければ、場所に合った適切なクリーンアップ法を選択することはできません。以下に、現在使われている代表的なクリーンアップ法を挙げました。概ね、効率よく油を除去できる方法は環境に対する負荷が大きく、環境への負荷が小さい方法は除去効率があまりよくないといえるでしょう。

手作業による回収

人が熊手やスコップ、バケツなどを使って漂着油を回収する方法で、最も一般的に行われているクリーンアップ方法です。人が入り込めるところならどこでも行うことができ、環境に与えるダメージも比較的小さいです。なお、油の回収には、ハンディタイプの油吸着材を用いることもできます。人数が多いほど回収作業ははかどりますが、その分踏み荒らしによる環境への負荷も大きくなることには留意しなければなりません。特に踏み荒らしに弱い領域(貝や海藻の密集地、鳥類や海獣の繁殖地、干潟、湿地など)では、十分な注意を払いながら作業を行う必要があります。

吸着材による吸収

油吸着材を海岸表層に置き、表層の漂着油や波の作用で浮き出てきた油を吸収して取り除く方法です。ほとんどの海岸で行うことができ、人の侵入が制限される脆弱性の高い海岸(干潟、湿地など)でも使用することができます。別の方法で大方の油を除去した後の二次的方法として使用されることもあります。ただし、油の粘度が高い場合には、効果がありません。

重機による回収

ブルドーザーや掘削機などの重機を使って、漂着油を回収する方法です。重機を運び入れられる場所でしか行うことができず、岩石海岸など重機の操縦が困難なところでは使えません。
手作業よりも迅速に漂着油の回収を行うことができますが、重機によって生物が押し潰されるほか、油と一緒に海岸表層も削り取ってしまうため環境に与えるダメージは大きいです。油と海岸堆積物が混ざった大量の廃棄物も発生するため、推奨できる方法ではありません。生物相の豊富な場所では行ってはいけない方法です。

ただし、海水浴場など、生物がほとんど生息していないと思われる場所で、かつ迅速に回収を行う必要がある場合には、重機を使用するという選択もあり得ます。その場合、重機による撹乱を最小限に留め、油と砂の混合を極力避けるよう注意を払う必要があります。また、重機で集めた汚染堆積物は、そのまま海岸に放置しておくと波の作用などを受けて汚染を拡げることになるため、なるべく早く海岸から除去しなければなりません。

水流による洗い流し

消防用ホースなどを使って海水を噴射し、海岸に付着した漂着油を洗い流す方法です。側面に穴の開いたホースやパイプを海岸に並べ、穴から海水を噴出させて海岸を洗浄する方法もあります(ウォーター・デリュージ(Water Deluge)法:湛水法)。洗い流した油は、汚染の拡散を防ぐためにできるだけ速やかに回収しなければなりません。通常は、油吸着材を用いるか、海に導いてオイルフェンスで囲い込み、油回収装置などを使って回収されます。洗い流された油で下方の(海よりの)海岸が汚染されるのを避けるため、波打ち際の近くで行われるのが普通です。砂浜よりも礫海岸や岩石海岸あるいは防波堤などの洗浄に向いています。

水流の圧力と温度が高いほど油を洗い落とす効果は高くなりますが、その分、生物に対するダメージも大きくなります。高圧熱水(200kPa以上、約30℃以上)を使用すれば、粘着性の高い風化油も除去できる場合がありますが、熱水を噴射された領域の生物は死滅し、生物の回復は漂着油を除去しなかった場合よりもむしろ遅れる場合が多いです。

高圧熱水洗浄により、かえって生物の回復が遅れた例として有名なのが、エクソン・バルディーズ号事故の事例です。約2,000kmにも及ぶ海岸が汚染されたこの事故では、多くの汚染海岸で約60℃(華氏140度)に熱した海水による高圧熱水洗浄が行われました。これにより、漂着油の除去は進んだものの、油汚染を生き延びた生物の90%近くが死滅、もしくは種が入れ替わったといわれています。その後の生物の回復も、高圧熱水洗浄を行った区域では、非洗浄区域よりも遅れる傾向が見られました。例えば、非洗浄区では約2年で岩藻が非汚染地域と同じレベルにまで回復したのに対し、高圧熱水洗浄を行った区域では回復までに約3年を要しました。その他にも、種の多様性が減少するなど、高圧熱水洗浄を行った区域の方が自然状態とは異なる変動を示す傾向が強かったです。

このように、高温、高圧の水流は生物にマイナスの影響を与えるため、使用する際には十分な注意が必要です。見た目上きれいにすることが、必ずしも生態系の回復に結び付かないことを認識しておかなければなりません。高圧熱水洗浄の使用は、堤防や人工建造物など、生物の付着が少なく、見た目が重視されるものに限られるべきです。

一方、低圧・低温(周囲の海水と同程度)の水流は、高圧・高温水より洗浄力は劣るものの、環境に与える影響は小さいため、比較的リーズナブルなクリーンアップ法だといえるでしょう。ただし、粘度の高い油や凝固した油には効果がありません。湛水法では、噴出した水が湛水して地中の油を浮き上がらせるため、地中に浸透した油の除去にも効果があります。

トレンチング

地下に浸透した油を取り除くために、油の深さまで溝を掘り、水流を使って浸透した油を溝に溢れさせる方法です。溝に溜まった油はバキュームなどで吸い取られます。

砂浜での使用に向いており、湛水法では取り除けないほど深く浸透した油の除去に使われます。ただし、粘度の高い油には効果がありません。

油処理剤の使用

粘度の高い油は、付着性が高いため、手作業や低圧水流では取り除くことが難しいです。そのため、付着油の除去に洗浄剤として油分散剤が使用されることがあります。油分散剤を付着油に散布し、しばらく放置した後、水流などを利用して油を掻き落とします。油分散剤は、海上では高粘度の油に対する効果は期待できませんが、海岸では油との接触時間が十分保てるため、高粘度の油に対しても効果を発揮できるようになります。

油分散剤は、「流出石油の処理」でも述べたとおり、それ自身ある程度の毒性を持っており、また、油の浸透性を高めるため、海岸で使用した場合には地中への油の浸透を促進してしまう側面があります。そのため、油分散剤は大部分の油を手作業などで取り除いた後、どうしても除去できない付着油に対してのみ使用するようにするべきです。

堆積物の移動・掘り起こし

暴風雨や台風で海が荒れているときは、高波によって、通常の高潮線(満潮時の海岸線)よりも高い位置に流出油が打ち上げられます。このような場所に打ち上げられた油は、海水に曝される頻度が低いため、自然浄化が遅れ、長期に渡って残存してしまう傾向が強いです。そのため、高潮線上部の汚染された砂や礫、石を潮間帯まで移動させ、潮汐の作用に曝すことによって自然浄化の促進を狙うという処置がとられることがあります。

また、地中に浸透した油も、空気や海水に曝される機会が減るために、自然浄化速度は遅くなります。このような油も、海岸を掘り起こすことによって空気や海水に曝し、自然浄化の促進を狙うことができます。堆積物の移動や掘り起こしは、大部分の油を他の方法で除去した後にとられる処置であり、作業は人手あるいは重機を使って行われます。堆積物の移動や掘り起こしは、いずれも波による洗い流しや微生物分解などの自然浄化作用を促進させる目的で行われるため、洗い流し作用の強い開放性の海岸の方で行った方が効果的です。潮汐の作用を受けて堆積物に付着した油が海水中に流れ出していくため、魚の産卵場など油汚染に弱い海域の近くでは行わない方がよいでしょう。また、堆積物の移動や掘り起こしによって海岸が撹乱されたり海岸の形状が変化したりするため、生態系の回復には時間がかかることもあります。

何もしない:自然浄化

これまでも述べてきたように、クリーンアップ作業はどんな方法をとったとしても、その作業自体が多かれ少なかれ環境にダメージを与えることは避けられません。そのため、開放性の海岸など高い自然浄化作用が見込める海岸では、人為的なクリーンアップ作業は行わず、自然浄化に委ねた方がよいと考えられる場合もあります。

この方法は、自然浄化の力に全面的に依存するため、人為的に油を除去する場合に比べると油の減少に時間がかかるのが普通です。そのため、人や動物による利用頻度の多い海岸には向いていません。

多くの場合、どのクリーンアップ法を用いたとしても完全に油を取り除くことは不可能なため、残された油は最終的には自然浄化に委ねられることになります。

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海岸クリーンアップの進め方

汚染地域の調査

海岸クリーンアップは、海岸の種類、汚染油の量、油の状態などによって適当な方法が違ってきます。そのため、適切なクリーンアップ方法を選択するためには、クリーンアップ作業を始める前に、まず汚染地域の調査を行うべきでしょう。米国では、「海岸調査マニュアル:shoreline assessment manual」、「海岸対応マニュアル:shoreline countermeasures manual」といったマニュアルがNOAA によって整備されており(http://response.restoration.noaa.gov/oilaids/reports.html)、クリーンアップ作業を始める前に必ず汚染地域の調査を行うことになっています。以下は、これらのマニュアルをもとにした汚染地域の調査手順です。

1)汚染範囲の把握
流出油の漂着範囲と汚染状況の全容を大まかに把握します。米国の場合、飛行機やヘリコプターを使って空から調査を行っています。
2) 汚染海岸の分画
汚染海岸を海岸の種類や汚染の程度に従って分画し、アルファベットや数字を使ってそれぞれの区画に名前を付けます。脆弱性地図が作成されていれば、それを分画に利用することができます。この区画はクリーンアップ作業を行う際の基本単位となります。
3) 海岸の調査
それぞれの区画について、海岸の種類と特徴、漂着油の状態、汚染の程度を調査します。調査した情報は各区画ごとに表にしてまとめ、クリーンアップ計画を立てる際の資料とします。【表3】には、一例として、NOAA の海岸調査表のフォームを示しました。この調査票では油の状態や汚染の程度を示す言葉についても定義されており、クリーンアップに関係する人すべてが、共通の言葉で、海岸の汚染状況を理解できるよう配慮されています。このような言葉の定義は、多くの人が関わる海岸クリーンアップという作業の中で混乱を避けるために必要な措置でしょう。

また、調査区画のスケッチあるいは写真を使って汚染の状況や海岸の特徴を記録しておくのも有効です。

【表3】NOAA の海岸調査票
【表3】
↑クリックして拡大表示【jpg:317KB】
4) クリーンアップ方法の選択と優先順位の決定
3)の調査結果をもとに、各区画のクリーンアップ方法を選択します。
NOAA のホームページには、海岸の種類ごとにクリーンアップ方法を評価しているサイトがあり(http://response.restoration.noaa.gov/oilaids/coastal/coastal.html)、クリーンアップ方法の選択に役立てることができます。【表4】は、海岸の種類とクリーンアップ方法との関係を示したものです。この他にも、各海岸の種類ごとに、海岸の特徴と推奨されるクリーンアップ方法をまとめたファイルが置いてあり、誰でも必要なときに利用できるようになっています。【表5】は、流出油の種類とクリーンアップ方法との関係を示した表であり、「砂浜(Sand Beaches)」のファイルから引用しました。

【表5】流出油の種類と
海岸クリーンアップ方法の評価(砂浜)

【表5】
↑クリックして拡大表示【jpg:176KB】

【表4】海岸の種類と
クリーンアップ方法の評価

【表4】
↑クリックして拡大表示【jpg:312KB】

クリーンアップ計画を立てるときには、クリーンアップ方法の選択の他に「どこから手を着けるか」を考えることも必要です。漂着油の移動がある場合、漂着油量の多い海岸は、漂着油が波に流されて汚染の拡大を招きやすいため、一般的には汚染の軽い海岸よりもクリーンアップの優先順位が高くなります。しかし、クリーンアップの優先順位を決める際、最も考慮しなければならないのは、生物資源の存在状況でしょう。

生物は、いったんダメージを受けると、たとえクリーンアップを行ったとしても回復するまでに長い年月を要します。最低でも数年はかかるのが普通です。一方、レジャー施設などの場合、汚染のある間は被害が続くが、汚染が除去されてしまえば元通り利用することが可能になります。もちろん、港や発電所の取水口付近など被害の影響が大きいと予想される場所は優先的にクリーンアップを行うべきではありますが、その他の施設の場合には、汚染されている間の経済的被害は補償金で補うという手段もあるでしょう。

どこまできれいにするか?

海岸に漂着した油を最後の一滴まで残らず除去することは、現実的には不可能です。したがって、通常、クリーンアップは海岸にまだ幾らかの油が残った状態で終了し、残りの油は自然浄化の作用に委ねられることになります。それでは、いったいどの程度まで漂着油を除去すればよいのでしょうか?

生態系の回復

石油には毒性のある成分が含まれていますが、毒性の強い軽質成分は、風化によって時間の経過と共に消失していきます。したがって、風化が進むほど、その毒性によって生物が直接的な被害を受けることは少なくなっていきます。一方、これまでにも述べてきたように、クリーンアップ作業は、それ自体、多かれ少なかれ環境にダメージを与えるものです。したがって、クリーンアップ作業を行なう際には、クリーンアップによるダメージが残留油による被害を上回る可能性も考えなければなりません。

1995 年、イギリス、アバディーン大学のSellらは、それまでに報告された岩石海岸と湿地における実際の流出事故34件とフィールド実験17件について、クリーンアップを行った場合と行わなかった場合で、生態系の回復速度に違いがあるかどうかを調べました。その結果は、クリーンアップを行っても行わなくても、生態系の回復速度は変わらないというものでした。

彼らの調査結果をまとめたものが【表6】です。クリーンアップを行ったかどうかに関わらず、岩石海岸では3年以内(全体の85%)、湿地では5年以内(全体の75%)にほとんどのケースで生態系が回復しています。上記の期間より回復が遅れものの件数を見ても、クリーンアップと非クリーンアップの間に大きな差は見られませんでした。非クリーンアップで回復が遅れたものは、海岸が重度に汚染されたケースでした。一方、クリーンアップを行ったにも関わらず生態系の回復が遅れたものは、第一世代の毒性の高い油分散剤が使われていたり(トリー・キャリオン号事故(1967))、汚染油を重機で表土ごと取り除いたり(アモコ・カディズ号事故(1978)他2件)といった環境負荷の高いクリーンアップ方法が使用されていたケースです。

【表6】クリーンアップ海岸と非クリーンアップ海岸の生態系回復速度の比較
海岸の種類 調査した件数 想年数以内に
回復した件数
岩石海岸:
3年以内
湿地  :
5年以内
予想年数よりも
回復が遅れた件数
岩石海岸:
4年以上
湿地  :
6年以上
岩石海岸
非汚染、実験的な生態系破壊 16 16 0
油汚染、クリーンアップ 13 10 3
油汚染、非クリーンアップ 14 13 1
湿地
自然の立ち枯れ 3 3 0
油汚染、クリーンアップ 11 5 2
油汚染、非クリーンアップ 11 7 2

この結果は、生態系のためには必ずしも徹底的なクリーンアップは必要ないということを示しています。重度の汚染でなければ、油が多少残っていても生態系の回復にはほとんど影響しないのです。

人間による海岸の利用

海岸を人間が利用することを考えた場合には、徹底的な油の除去が求められる場合が多いです。海水浴場やマリーナなどのレジャー施設では、油が残っていると営業することが難しくなるであろうし、景勝地でも観光客の減少は避けられません。最も深刻な問題は、漁業に対する影響かもしれません。海岸に油が残されていると、周辺の魚介類が汚染されるのではないかという風評被害が起こる可能性も高くなります。

したがって、「生態系の回復」とは異なり、「人間の利用」を重視した場合には徹底的なクリーンアップが望まれるのです。

純環境利益分析 (Net Environmental Benefit Analysis : NEBA )

「生態系の回復」と「人間の利用」の価値が入り交じっているとき、クリーンアップ法の選択や終結点の判断に役立つ概念として、「純環境利益分析(Net EnvironmentalBenefit Analysis : NEBA)」というものがあります。これは、クリーンアップ(法)が「生態系の回復」と「人間の利用」に与えるメリットとデメリットを洗い出し、自然浄化に委ねた場合と比較して、全体としてどれくらいの利益(不利益)が得られるかを見極める手法です。NEBA の結果、メリットが多いと判断された場合にはクリーンアップを行い、逆にデメリットの方が多くなると判断された場合にはクリーンアップを行わないという決定が下されることになります。

NOAA の「海岸調査マニュアル」では、NEBA を考慮した上で、想定されるクリーンアップの終結点が例示されています(【表7】)。

【表7】クリーンアップ終結点の段階
終結点 適用可能な海岸など
油を感知できない 目に見える油がない 油臭がしない  触ってもわからない 生態系の回復を遅らせることなく効果的に油の除去が行える砂浜、海水浴場など。
油を感知できるが、バ ックグラウンドよりも 低濃度 普段からタールボールの漂着の多い海岸など。
脆弱性の高い区域への油の移動がなく、そこを利用する野生動物や人への悪影響がない クリーンアップが進み、それ以上は効果的なクリーンアップを行えなくなった状態の油膜、あるいはクリーンアップを行うとかえって害を及ぼすと思われるような脆弱性の高い場所にある油膜。油膜は比較的早く消失していくことが想定されます。
考慮すべき点
  • 油膜の危険性:油膜の量、持続性、生物資源からの距離など
  • 波による浄化作用
  • 人による利用頻度
残留油の表面に触れても、油が付着しない シミや被膜、あるいは風化していて、残留油の流動性・粘性がなくなっています。生物が触れても、油が体に付着しない状態になっています。岩石、防波堤、石、礫など固い基質の海岸や、湿地、マングローブなど植物が生い茂っている海岸に適しています。
考慮すべき点
  • 人による利用頻度
生態系の回復を許容する程度の油の除去 それ以上のクリーンアップが生物の生息地の破壊や生物相の除去に繋がる場合。地形的にアクセス手段が制限される海岸。

これらの例を見ても分かるように、想定されるクリーンアップ終結点は一通りではありません。海岸の状況や残留油の状態によって、異なる終結点が設定されるのです。終結点を判断するときのポイントは、(1)野生動物や人への残留油の影響、(2) 他の場所への油の移動、(3) 人間活動の妨げとなるか、(4) 適当なクリーンアップ手段の存在、といったところでしょう。徹底的なクリーンアップを行う必要のある場所は、海水浴場や養殖場など一部の施設に限られます。また、終結点の設定は季節によっても変わってきます。海水浴場であっても、季節が秋であれば、緊急にクリーンアップを行う必要はありません。そのときは大まかに油を除去しておき、自然浄化の様子を見ながら、必要であればシーズン前にもう一度クリーンアップを行うという選択も可能なのです。

それでは、ナホトカ号事故ではどのような方針のもとにクリーンアップが行なわれたのでしょうか?【表8】は、福井県災害対策本部が、事故の発生から約1ヶ月過ぎた2月20日に発表した「海岸部漂着油の除去に関する標準的指針」です。これを見ると、漁場や海水浴場など魚介類や人間に影響を及ぼす場所以外については、無理な作業はしないという方針になっています。「目立たない程度」など主観的な表現があり、人によって程度に差が出ると思われますが、無理な作業をしないというのは妥当な方針です。

【表8】海岸部漂着油の除去に関する標準的指針(福井県災害対策本部 H9.2.20)
海岸の種別 除去対象範囲 当面の除去作業の目安 中・長期的指針
平面 深さ
(1)自然景観地域 岩石海岸 陸域すべて 表面 漂着油(ボール状の油・相乗の油・ペースト状付着油等をいう。以下同じ)が目立たない程度まで除去した後は、自然の分解に任せる。 人が近づけない岩場では無理な作業をせず、自然の分解に任せる。 定期的な環しを行い、自然の分解や波による洗浄効果を把握するとともに、必要に応じ、付着油を除去する。
礫質海岸 陸域すべて 表面 漂着油が目立たない程度まで除去した後は、石に付着した油は自然の分解に任せる。 定期的な監視を行い、自然の分解や波による洗浄効果を把握するとともに、必要に応じ、付着油を除去する。
砂質海岸 陸域すべて 表面 漂着油が目立たない程度まで除去する。 定期的な監視を行い、必要に応じ、漂着油を除去する。
(2)海水浴場   陸域すべて 実体に 応じた 深さ 手足に漂着油が付着しない程度まで除去する。 なお、新たな漂着油は速やかに除去する。 定期的な監視を行い、漂着油が砂浜・海面等に 影響を及ぼさないよう必要に応じ除去する。 なお、砂の中に混入した漂着油は、撹拌しない よう留意する必要がある。
(3)磯根漁場   潮上帯
潮間帯
実体に 応じた 深さ 漁業に与える影響を軽減するため、漂着油が認 められない程度まで除去する。 自然の分解や波による洗浄効果を把握するため、 油膜の有無を含めて定期的な調査や監視を 行い、漁業に影響がない程度まで、漂着油を除去する。
(4)港湾・漁港・海岸保全施設とその関係海岸 人工構造物 陸域すべて (海上構造 物を含む) 表面 当該施設および近隣の施設等の利用に支障をき たす恐れがある箇所については、必要に応じて 除去する。 なお、沖合の海上構造物については、再漂流な どの支障がない場合は、そのままにしておく。 定期的な監視を行い、自然の分解や波による洗 浄効果を把握するとともに、必要に応じ、付着 油を除去する。
(5)その他の海岸 (1)~(4) 以外の海岸 陸域すべて 表面 海岸の状況を見て判断する。 人が近づけない海岸や岩場は無理な作業をせ ず、自然の分解に任せる。 自然の分解に任せる。

コスト

【表9】極東で起きた石油流出事故におけるクリーンアップ
コスト分析の事例(人手による回収)
クリーンアップ
ステージ
仕事量
(のべ人員)
油の回収量
(t)
コスト
(U.S.$)
単位コスト*
($/t)
ステージ1 136,800 2,270 1,560,000 748
ステージ2 143,400 200 748,220 4,069
ステージ3 102,150 20 236,000 712,835

1987年、アメリカのMollerらは、ヨーロッパの石油流出事故におけるクリーンアップコストを分析し、最初の90%の油を除去するのにコスト全体の10%、残りの10%の油を除去するのにコスト全体の90%がかかると報告しました。【表9】は、このときの論文で報告された極東の石油流出事故の分析事例ですが、これを見ても、クリーンアップが進むほどコストがかさんでくるのが分かります。すなわち、海岸に残された油が少なくなってくるほど、コストに見合うだけの除去効果が得られにくくなっていくのです。

たとえ多くの費用がかかったとしても、僅かな油を除去することで費用に見合うだけの利益が得られるのであれば問題はありませんが、そうでない場合には、クリーンアップの継続を検討し直す必要があるでしょう。

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