NBRCニュース 第87号
今号の内容
1.
新たにご利用可能となった微生物株
酵母および糸状菌では、北海道利尻島で採取された植物、土壌由来の9株を公開しました(NBRC 116271~116279)。これらは低温活性を有するリパーゼ産生株です(Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 70, 1158-1165)。細菌では、後述する(本メルマガ4. の記事)生分解性プラスチックの分解活性を示す20株の分譲を開始しました(NBRC 116187~116188、NBRC 116583~116600)。アーキアでは、中国の塩性湿地から分離された高度好塩性アーキアActinarchaeum halophilum NBRC 116455を公開しました。カビや放線菌のように菌糸や胞子を形成するアーキアとして初めて報告された株になります。
【新たに提供を開始した微生物資源】
https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/nbrc/new_strain/new_dna.html
2.
RD登録株のご紹介(1)
日本酪農発祥の地、千葉県の生乳から乳酸菌を分離しました
(宮下 美香)
NBRCでは、「RD株」として微生物株をユーザーに年単位で貸与するサービスを提供しています。RD株は、多数の微生物株を対象としたスクリーニングや製品開発に活用していただくために、NBRC株と比べて手頃な価格で提供しています。また、幅広い用途に活用していただけるように、ラインナップの拡充に努めております。特に乳酸菌はRD株の中でもよくご利用いただいており、食品や花などから分離された株が人気です。
微生物の分離源として食品を用いる場合、生産者やメーカーが自社商品に含まれる微生物の第三者使用を制限していることがあり、アクセスが容易ではありません。そのため、NBRCは微生物分離を行う際に生産者やメーカーに直接アプローチし、サンプル提供をお願いするとともに、分離した菌株の所有権を認めてもらうなど、地道な活動を行っています。その中で我々は、ある牧場から生乳の提供を受けることができました。NBRCが拠点を置く千葉県は、日本酪農発祥の地(1)と言われ、乳用牛の飼養戸数は全国でも5番目(令和5年2月1日現在)(2)と、多くの牧場があります。今回サンプルの提供に協力して下さった牧場は、千葉県いすみ市に位置する高秀牧場さんです。牛の飼料の栽培から自前で行い、牛の糞尿を利用して堆肥を製造し、飼料や野菜の栽培に利用するなど、循環型の酪農を実践されています。
この貴重な生乳の提供を受けて、乳製品開発に適したラクトース資化能を有することが期待される菌種を中心とした多様な乳酸菌の分離に取り組みました。また今回、搾乳直後の未殺菌乳も提供していただけたことから、分離した一部の菌種については、チーズスターター菌株の候補となる株を見つけるために簡易的なスクリーニングを実施しました。
チーズの本場、ヨーロッパの伝統的なチーズ作りでは無殺菌乳が使われますが、日本では特別な場合を除き殺菌乳を使う必要があります。殺菌乳を使うことにより、安全で安定した製品の製造が可能になりますが、一方でチーズの発酵や熟成に必要な微生物は製造者が準備し添加することが必要です。このような、発酵食品を製造するために添加する菌株をスターター菌株と呼びますが、日本の伝統発酵食品である酒や味噌、醤油に用いられる麹や酵母とは異なり、国内由来のチーズスターター菌株の開発はあまり進んでいません。千葉県では新鮮な生乳を活かしたチーズの生産も盛んで、個性的なチーズ工房が多数存在しますが、小さな工房ではこれらのチーズスターター菌株は、主に海外のメーカーから購入しているのが現状です。
チーズスターター菌株の整備は不十分ながら、国内では、ナチュラルチーズの生産量や消費量は増加傾向にあります。この状況を捉え、国産ブランドチーズやスターター菌株の開発を目標とした大規模な事業が国の支援を受けて進行中です。この取り組みには多数の専門機関が参加しており、着実な成果が上がっています。筆者もこれらの成果報告を通じて学びを得ています。しかし、このプロセスには多くのプロフェッショナルが集い、時間を掛けて取り組んでいることから、やはり日本での国産チーズスターター菌株の開発は容易ではないと感じます。このような現状を踏まえるとNBRCでチーズ製造に適したスターター菌株候補の分離、選抜を行うには、チーズ製造の専門家の協力が必要不可欠でした。千葉県にある個性的なチーズ工房のひとつであるチーズ工房【千】senの店主でありチーズ職人である柴田千代さんには、チーズ作りに求める乳酸菌について多くのアドバイスをいただくことができました。柴田さんはチーズ製造に高秀牧場の生乳を使用しており、牧場との繋ぎ役も務めてくださいました。
分離した一部の菌種を対象として、チーズスターター菌株の候補となる株を見つけるために実施した簡易的なスクリーニングでは、チーズ職人がスターター菌株の能力を測るために用いる手法に倣って、一定時間内におけるスキムミルク溶液のpH低下能(および、酸凝固の状態)による簡易的な選抜試験を実施しました。pH 7.0に合わせたスキムミルク溶液のpHを中温菌では25℃で8時間経過後にpH 6.55以下に低下させるか、高温菌では37℃で1.5時間後にpH 6.55以下、更に1時間後にpH 5.8以下、さらに0.5時間後にpH 5.2以下に低下させるかを指標としました。
季節を変えながら約一年間にわたりサンプリングした生乳から、乳酸菌を中心に分離し、最終的に18属48種146株の乳酸菌と1株のビフィドバクテリウム属細菌、5属14種26株の好気性細菌の合計173株をRD株として公開しました。チーズスターターとしての活用を想定して分離を目指していたいくつかの菌種のうち、Streptococcus thermophilusの取得は叶いませんでしたが、Lacticaseibacillus paracaseiやLactobacillus delbrueckii、Leuconostoc lactisなどに近縁な株が得られています。Lactococcus lactisに近縁な株は上述した中温菌の選抜指標をクリアする株が複数株得られ、なかには単菌でスキムミルク溶液をゆるく酸凝固させる株も見られました。
ただ、これらの菌株は、乳製品製造に対する微かなポテンシャルを示したに過ぎず、チーズスターター菌株として確立できたわけではありません。今後、チーズ作りなど乳製品をはじめとする製品開発に興味のある方に、菌株選びの素材としてご活用いただけることを期待しています。
国内由来RD株のリストは以下のページからダウンロードできます。
https://www.nite.go.jp/nbrc/dbrp/dataview?dataId=ANAS0000000700001
【引用】
(1) 千葉県酪農のさと https://www.e-makiba.jp/facility/index.html
(2) 農林水産省 令和5年度畜産統計調査より
乳用牛の全国農業地域・都道府県別「飼養戸数・頭数」
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/file-download?statInfId=000040121611&fileKind=0
微生物の分離源として食品を用いる場合、生産者やメーカーが自社商品に含まれる微生物の第三者使用を制限していることがあり、アクセスが容易ではありません。そのため、NBRCは微生物分離を行う際に生産者やメーカーに直接アプローチし、サンプル提供をお願いするとともに、分離した菌株の所有権を認めてもらうなど、地道な活動を行っています。その中で我々は、ある牧場から生乳の提供を受けることができました。NBRCが拠点を置く千葉県は、日本酪農発祥の地(1)と言われ、乳用牛の飼養戸数は全国でも5番目(令和5年2月1日現在)(2)と、多くの牧場があります。今回サンプルの提供に協力して下さった牧場は、千葉県いすみ市に位置する高秀牧場さんです。牛の飼料の栽培から自前で行い、牛の糞尿を利用して堆肥を製造し、飼料や野菜の栽培に利用するなど、循環型の酪農を実践されています。
この貴重な生乳の提供を受けて、乳製品開発に適したラクトース資化能を有することが期待される菌種を中心とした多様な乳酸菌の分離に取り組みました。また今回、搾乳直後の未殺菌乳も提供していただけたことから、分離した一部の菌種については、チーズスターター菌株の候補となる株を見つけるために簡易的なスクリーニングを実施しました。
チーズの本場、ヨーロッパの伝統的なチーズ作りでは無殺菌乳が使われますが、日本では特別な場合を除き殺菌乳を使う必要があります。殺菌乳を使うことにより、安全で安定した製品の製造が可能になりますが、一方でチーズの発酵や熟成に必要な微生物は製造者が準備し添加することが必要です。このような、発酵食品を製造するために添加する菌株をスターター菌株と呼びますが、日本の伝統発酵食品である酒や味噌、醤油に用いられる麹や酵母とは異なり、国内由来のチーズスターター菌株の開発はあまり進んでいません。千葉県では新鮮な生乳を活かしたチーズの生産も盛んで、個性的なチーズ工房が多数存在しますが、小さな工房ではこれらのチーズスターター菌株は、主に海外のメーカーから購入しているのが現状です。
チーズスターター菌株の整備は不十分ながら、国内では、ナチュラルチーズの生産量や消費量は増加傾向にあります。この状況を捉え、国産ブランドチーズやスターター菌株の開発を目標とした大規模な事業が国の支援を受けて進行中です。この取り組みには多数の専門機関が参加しており、着実な成果が上がっています。筆者もこれらの成果報告を通じて学びを得ています。しかし、このプロセスには多くのプロフェッショナルが集い、時間を掛けて取り組んでいることから、やはり日本での国産チーズスターター菌株の開発は容易ではないと感じます。このような現状を踏まえるとNBRCでチーズ製造に適したスターター菌株候補の分離、選抜を行うには、チーズ製造の専門家の協力が必要不可欠でした。千葉県にある個性的なチーズ工房のひとつであるチーズ工房【千】senの店主でありチーズ職人である柴田千代さんには、チーズ作りに求める乳酸菌について多くのアドバイスをいただくことができました。柴田さんはチーズ製造に高秀牧場の生乳を使用しており、牧場との繋ぎ役も務めてくださいました。
分離した一部の菌種を対象として、チーズスターター菌株の候補となる株を見つけるために実施した簡易的なスクリーニングでは、チーズ職人がスターター菌株の能力を測るために用いる手法に倣って、一定時間内におけるスキムミルク溶液のpH低下能(および、酸凝固の状態)による簡易的な選抜試験を実施しました。pH 7.0に合わせたスキムミルク溶液のpHを中温菌では25℃で8時間経過後にpH 6.55以下に低下させるか、高温菌では37℃で1.5時間後にpH 6.55以下、更に1時間後にpH 5.8以下、さらに0.5時間後にpH 5.2以下に低下させるかを指標としました。
季節を変えながら約一年間にわたりサンプリングした生乳から、乳酸菌を中心に分離し、最終的に18属48種146株の乳酸菌と1株のビフィドバクテリウム属細菌、5属14種26株の好気性細菌の合計173株をRD株として公開しました。チーズスターターとしての活用を想定して分離を目指していたいくつかの菌種のうち、Streptococcus thermophilusの取得は叶いませんでしたが、Lacticaseibacillus paracaseiやLactobacillus delbrueckii、Leuconostoc lactisなどに近縁な株が得られています。Lactococcus lactisに近縁な株は上述した中温菌の選抜指標をクリアする株が複数株得られ、なかには単菌でスキムミルク溶液をゆるく酸凝固させる株も見られました。
ただ、これらの菌株は、乳製品製造に対する微かなポテンシャルを示したに過ぎず、チーズスターター菌株として確立できたわけではありません。今後、チーズ作りなど乳製品をはじめとする製品開発に興味のある方に、菌株選びの素材としてご活用いただけることを期待しています。
国内由来RD株のリストは以下のページからダウンロードできます。
https://www.nite.go.jp/nbrc/dbrp/dataview?dataId=ANAS0000000700001
【引用】
(1) 千葉県酪農のさと https://www.e-makiba.jp/facility/index.html
(2) 農林水産省 令和5年度畜産統計調査より
乳用牛の全国農業地域・都道府県別「飼養戸数・頭数」
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/file-download?statInfId=000040121611&fileKind=0
3.
DBRP掲載株のご紹介(8)
山形県工業技術センター微生物ライブラリーのご紹介
(山形県工業技術センター食品醸造技術部 長 俊広)
乳酸菌は、炭水化物を含む有機培養基によく繁殖し、発酵生産物として主に乳酸(50%以上)を作る細菌で、この他、グラム陽性で運動性がなく、胞子を作らず、ブドウ糖をホモ発酵あるいはヘテロ発酵することなどがその特徴となっております(1)。乳酸菌は、古くから有用微生物として、ヨーグルト、チーズ、漬物など様々な発酵食品へ利用されてきました。1907年にロシアの微生物学者メチニコフによって「不老長寿説」が唱えられ、乳酸菌と人の健康との関係性が注目されるようになりました。その後も、世界中の研究者によって乳酸菌の健康効果(整腸作用、感染予防作用、血圧調節作用など)に関する研究が盛んに行われております(2)。
現在、DBRP(生物資源データプラットフォーム)に登録している菌株は4株です。これらはいずれも、山形県内の漬物や農産物から分離され、新規な発酵食品の開発を目的に選抜された菌株です。この登録4株について簡単に紹介します。Lactiplantibacillus plantarum SE1株はぺそら漬けという山形県産漬物から分離された菌株で、本菌株は粘性を有する菌体外多糖産生能を持っております。Pediococcus parvulus 1072株も山形県産漬物から分離された菌株で、本菌株を用いて地域企業と共同でキュウリピクルスを開発しました(3)。Lactococcus lactis S110株は山形県産サクランボから分離された菌株で、現在、地域企業と連携し、新規発酵食品の開発を進めております。Lactiplantibacillus plantarum 6004株は山形県産漬物から分離された菌株で、本菌株を用いて地域企業と共同で新規甘酒飲料を開発しました(4)。
この他にも当センターは多数の乳酸菌を保有しており、現在も有用菌株の選抜作業を進めております。引き続き、DBRPと連携しながら有用菌株の公開を進めて参ります。当センターの保有菌株にご興味がありましたら、お気軽にお問い合わせください。
【山形県工業技術センターの菌株コレクション】
https://www.nite.go.jp/nbrc/dbrp/dataview?dataId=COLL0001000000001
【文献】
(1)日本乳酸菌学会監修(2010). 乳酸菌とビフィズス菌のサイエンス, 京都大学学術出版会 8-9.
(2)日本乳酸菌学会編(2020). 乳酸菌の疑問50, 成山堂書店 4-5.
(3)長ら(2015). 山形県工業技術センター報告 47, 76-79.
(4)長ら(2015). 食品の試験と研究, 全国食品関係試験研究場所長会会報50, 61.
現在、DBRP(生物資源データプラットフォーム)に登録している菌株は4株です。これらはいずれも、山形県内の漬物や農産物から分離され、新規な発酵食品の開発を目的に選抜された菌株です。この登録4株について簡単に紹介します。Lactiplantibacillus plantarum SE1株はぺそら漬けという山形県産漬物から分離された菌株で、本菌株は粘性を有する菌体外多糖産生能を持っております。Pediococcus parvulus 1072株も山形県産漬物から分離された菌株で、本菌株を用いて地域企業と共同でキュウリピクルスを開発しました(3)。Lactococcus lactis S110株は山形県産サクランボから分離された菌株で、現在、地域企業と連携し、新規発酵食品の開発を進めております。Lactiplantibacillus plantarum 6004株は山形県産漬物から分離された菌株で、本菌株を用いて地域企業と共同で新規甘酒飲料を開発しました(4)。
この他にも当センターは多数の乳酸菌を保有しており、現在も有用菌株の選抜作業を進めております。引き続き、DBRPと連携しながら有用菌株の公開を進めて参ります。当センターの保有菌株にご興味がありましたら、お気軽にお問い合わせください。
【山形県工業技術センターの菌株コレクション】
https://www.nite.go.jp/nbrc/dbrp/dataview?dataId=COLL0001000000001
【文献】
(1)日本乳酸菌学会監修(2010). 乳酸菌とビフィズス菌のサイエンス, 京都大学学術出版会 8-9.
(2)日本乳酸菌学会編(2020). 乳酸菌の疑問50, 成山堂書店 4-5.
(3)長ら(2015). 山形県工業技術センター報告 47, 76-79.
(4)長ら(2015). 食品の試験と研究, 全国食品関係試験研究場所長会会報50, 61.
4.
プラスチックと微生物(3)
NBRCから生分解性プラスチックの分解活性を有する海洋性細菌の分譲を開始
(三浦 隆匡)
不定期連載「プラスチックと微生物」です。今回は3月から分譲を開始した、NBRCが分離した、生分解性プラスチックの分解活性を有する海洋性細菌のご紹介です。
NBRCは2020年度より、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)のプロジェクト「海洋生分解性プラスチックの社会実装に向けた技術開発事業」(1)に参画し、標準化のための海洋生分解性プラスチックの分解試験法開発や海洋で分解に関わる微生物の調査に取り組んできました。
具体的には、海洋における生分解性プラスチックの分解に関わる微生物株の分離と関連データの取得を目的として、岩手大学、広島大学、島根大学、鹿児島大学と連携して、上市済みの生分解性プラスチック(PBSA、PCL、PHBH)フィルムを各地域の海に一定期間浸漬する調査を2年間で合計6回実施しました。最大60日間浸漬したフィルムを回収した後、フィルムに付着した微生物叢(plastisphere)(2)から18,000株以上(種の重複を含む)の微生物株を分離しました。同時に、plastisphereの微生物叢データを取得し、付着していた微生物の種類とその割合などを解析しました。このデータと地理的特性、環境データを組み合わせて解析することで、plastisphere中で優占している微生物種(ASV, Amplicon Sequencing Variants)や、フィルムの崩壊度と相関関係を示す微生物種(ASV)を特定しました。
次に上述の微生物叢解析により得られたASV配列と分離微生物株の16S rRNA遺伝子塩基配列を照合することで400株以上を選抜し、NBRCで開発したヘッドスペース-ガスクロマトグラフィー(HS-GC/BID)法(3-5)を用いて、これらの微生物株の生分解活性データを取得しました。本HS-GC/BID法は、微生物が生分解性プラスチックを資化する際に生じる二酸化炭素の発生量を測定することで、分解性を多検体でかつ効率的に評価する手法です。
分離株の系統関係と分解活性データについてはNBRCのウェブページ「日本沿岸での生分解性プラスチック浸漬試験から得られた微生物」をご覧ください(6)。今回、生分解活性を測定した株を分類群で大きく分けると、Alphaproteobacteria、Betaproteobacteria、Gammaproteobacteriaの3綱に分類されます。Gammaproteobacteriaには生分解性プラスチックの分解能を有する株が比較的多く見られました。例えば、Oceaniserpentilla sp. NBRC 116188はPBSAに、Aliiglaciecola sp. NBRC 116595、Sessilibacer corallicola NBRC 116591はPHBHに、Thalassolituus maritimus NBRC 116585はPCLに比較的高い生分解活性を示しました。特に、NBRC 116591やNBRC 116585が属するCellvibrionaceae科は海水に浸漬したプラスチック表面上に形成されるplastisphereの微生物叢解析でよく検出される微生物群であり(7-8)、群馬大学のグループの研究では、この微生物群に属する微生物種とその他の微生物種が共同でPBSAの生分解を行っているとする、生分解における共生関係のモデルが報告されています(9)。Cellvibrionaceae科は海洋における生分解プラスチックの分解において重要な役割を担っている可能性があります。
一方、Alphaproteobacteria、Betaproteobacteriaに属する株は、いずれのプラスチックに対してもほとんど活性を示さなかったか、示してもごくわずかでした。しかし、HS-GC/BID法を用いた分解活性測定において、わずかに二酸化炭素の発生が検出されていることから、フィルムに含まれている微量のオリゴマーや添加剤等の自然界での分解に寄与する株なのかもしれません。
NBRCは2020年度より、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)のプロジェクト「海洋生分解性プラスチックの社会実装に向けた技術開発事業」(1)に参画し、標準化のための海洋生分解性プラスチックの分解試験法開発や海洋で分解に関わる微生物の調査に取り組んできました。
具体的には、海洋における生分解性プラスチックの分解に関わる微生物株の分離と関連データの取得を目的として、岩手大学、広島大学、島根大学、鹿児島大学と連携して、上市済みの生分解性プラスチック(PBSA、PCL、PHBH)フィルムを各地域の海に一定期間浸漬する調査を2年間で合計6回実施しました。最大60日間浸漬したフィルムを回収した後、フィルムに付着した微生物叢(plastisphere)(2)から18,000株以上(種の重複を含む)の微生物株を分離しました。同時に、plastisphereの微生物叢データを取得し、付着していた微生物の種類とその割合などを解析しました。このデータと地理的特性、環境データを組み合わせて解析することで、plastisphere中で優占している微生物種(ASV, Amplicon Sequencing Variants)や、フィルムの崩壊度と相関関係を示す微生物種(ASV)を特定しました。
次に上述の微生物叢解析により得られたASV配列と分離微生物株の16S rRNA遺伝子塩基配列を照合することで400株以上を選抜し、NBRCで開発したヘッドスペース-ガスクロマトグラフィー(HS-GC/BID)法(3-5)を用いて、これらの微生物株の生分解活性データを取得しました。本HS-GC/BID法は、微生物が生分解性プラスチックを資化する際に生じる二酸化炭素の発生量を測定することで、分解性を多検体でかつ効率的に評価する手法です。
分離株の系統関係と分解活性データについてはNBRCのウェブページ「日本沿岸での生分解性プラスチック浸漬試験から得られた微生物」をご覧ください(6)。今回、生分解活性を測定した株を分類群で大きく分けると、Alphaproteobacteria、Betaproteobacteria、Gammaproteobacteriaの3綱に分類されます。Gammaproteobacteriaには生分解性プラスチックの分解能を有する株が比較的多く見られました。例えば、Oceaniserpentilla sp. NBRC 116188はPBSAに、Aliiglaciecola sp. NBRC 116595、Sessilibacer corallicola NBRC 116591はPHBHに、Thalassolituus maritimus NBRC 116585はPCLに比較的高い生分解活性を示しました。特に、NBRC 116591やNBRC 116585が属するCellvibrionaceae科は海水に浸漬したプラスチック表面上に形成されるplastisphereの微生物叢解析でよく検出される微生物群であり(7-8)、群馬大学のグループの研究では、この微生物群に属する微生物種とその他の微生物種が共同でPBSAの生分解を行っているとする、生分解における共生関係のモデルが報告されています(9)。Cellvibrionaceae科は海洋における生分解プラスチックの分解において重要な役割を担っている可能性があります。
一方、Alphaproteobacteria、Betaproteobacteriaに属する株は、いずれのプラスチックに対してもほとんど活性を示さなかったか、示してもごくわずかでした。しかし、HS-GC/BID法を用いた分解活性測定において、わずかに二酸化炭素の発生が検出されていることから、フィルムに含まれている微量のオリゴマーや添加剤等の自然界での分解に寄与する株なのかもしれません。
NBRCでは、本プロジェクトにおいて生分解活性を測定した400以上の株のうち、第一弾として、上述の株を含むNBRC株の分譲を2024年3月22日より開始しました(表)。これらの株のドラフトゲノム情報も公開しています。今後も、分離した株の生分解活性測定を実施し、生分解活性を有する系統群を明らかにすると共に、それら株の分譲やゲノム情報等のデータ付加も進めていきますのでご期待ください。
(余談)
ご期待くださいと言いつつ開始した本連載ですが、前回の記事から2年10ヶ月も経ってしまいました。これまでの記事は第61号、第70号に掲載していますので、バックナンバーも併せてご確認ください。
(謝辞)
この成果は、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の委託業務(JPNP20008)の結果得られたものです。
プラスチックサンプルはPHBH:株式会社カネカ、PBSA:三菱ケミカル株式会社、PCL:株式会社ダイセルより提供を受けました。
【文献】
(1)海洋生分解性プラスチックの社会実装に向けた技術開発事業
https://www.nedo.go.jp/activities/ZZJP_100168.html
(2)Zettler et al. (2013). Environ. Sci. Technol. 47, 7137-7146.
DOI: 10.1021/es401288x
(3)寺尾ら (2022). 日本農芸化学会2022年度大会.
(4)森ら (2022). 日本農芸化学会関東支部2022年度大会.
(5)森ら (2023). 日本農芸化学会2023年度大会.
(6)日本沿岸での生分解性プラスチック浸漬試験から得られた微生物
https://www.nite.go.jp/nbrc/industry/plastic-waste/immersion-test/biodegrading-bacteria.html
(7)Odobel et al. (2021). Front. Microbiol. 12, 734782.
DOI: 10.3389/fmicb.2021.734782
(8)Silva et al. (2023). Environ. Microbiol. 25(12), 2732-2745.
DOI: 10.1111/1462-2920.16445
(9)Suzuki et al. (2022). Research Square.
DOI: 10.21203/rs.3.rs-2014166/v1
5.
CO2を原料としたバイオものづくりを加速するための
「グリーンイノベーションフォーラム(GIフォーラム)」参画機関募集
NITEは、CO2を原料としたバイオものづくりを加速するため「グリーンイノベーションフォーラム(GIフォーラム)」を立ち上げました。
GIフォーラムは、NEDOのグリーンイノベーション(GI)基金事業のプロジェクトの実施を通じて得た、CO2を原料とした有用物質生産に寄与する微生物とその関連情報(生育条件、ゲノム情報、有用遺伝子情報等)を、プロジェクト期間中から企業が先行利用できる新たな連携の場です。これらの情報を活用してCO2からのバイオものづくりの実現を目指す熱意ある企業のご参加をお待ちしています。詳細については、以下のウェブサイトからご確認ください。
【GIフォーラム】
https://www.nite.go.jp/nbrc/GIforum_top.html
GIフォーラムは、NEDOのグリーンイノベーション(GI)基金事業のプロジェクトの実施を通じて得た、CO2を原料とした有用物質生産に寄与する微生物とその関連情報(生育条件、ゲノム情報、有用遺伝子情報等)を、プロジェクト期間中から企業が先行利用できる新たな連携の場です。これらの情報を活用してCO2からのバイオものづくりの実現を目指す熱意ある企業のご参加をお待ちしています。詳細については、以下のウェブサイトからご確認ください。
【GIフォーラム】
https://www.nite.go.jp/nbrc/GIforum_top.html
6.
令和6年能登半島地震で被災した生物遺伝資源の無償提供のお知らせ
令和6年能登半島地震で被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます。
NBRCは、能登半島地震被災地の復興を支援するため、被災地域の企業・大学等を対象に、地震により滅失した生物遺伝資源(NBRC株、DNAリソース及びRD株)の再提供を無償で行います。これらの生物遺伝資源の再提供をご希望される方は、以下のウェブサイトをご確認の上、NBRCまでお申し込みください。
NBRC職員一同、被災地の一刻も早い復興をお祈りいたしております。
【令和6年能登半島地震で被災した生物遺伝資源の無償提供】 https://www.nite.go.jp/nbrc/information/shien2024.html
NBRCは、能登半島地震被災地の復興を支援するため、被災地域の企業・大学等を対象に、地震により滅失した生物遺伝資源(NBRC株、DNAリソース及びRD株)の再提供を無償で行います。これらの生物遺伝資源の再提供をご希望される方は、以下のウェブサイトをご確認の上、NBRCまでお申し込みください。
NBRC職員一同、被災地の一刻も早い復興をお祈りいたしております。
【令和6年能登半島地震で被災した生物遺伝資源の無償提供】 https://www.nite.go.jp/nbrc/information/shien2024.html
7.
DBRP(生物資源データプラットフォーム) ~更新情報のお知らせ~
■山形県工業技術センター有用株 1株の情報を公開(2024年5月29日)
山形県工業技術センターが試験・研究により取得した微生物株の中から、食品等への応用試験において成績が良好な株を選抜した「山形県工業技術センター有用株」1株の情報を公開しました。今回情報を公開した株は、甘酒に添加して発酵させることにより、甘酒のオルニチン含有量が数倍に増えることが確認された株です。
株の詳細な情報については、本NBRCニュースの「3.DBRP掲載株のご紹介(8) 山形県工業技術センター微生物ライブラリーのご紹介」をご参照ください。
山形県工業技術センターが試験・研究により取得した微生物株の中から、食品等への応用試験において成績が良好な株を選抜した「山形県工業技術センター有用株」1株の情報を公開しました。今回情報を公開した株は、甘酒に添加して発酵させることにより、甘酒のオルニチン含有量が数倍に増えることが確認された株です。
株の詳細な情報については、本NBRCニュースの「3.DBRP掲載株のご紹介(8) 山形県工業技術センター微生物ライブラリーのご紹介」をご参照ください。
8.
NBRCが展示、発表等を行うイベントについて
以下のイベントにて出展、講演、発表等を行います。ぜひご参加ください。
第23回植物病原菌類談話会
日時:2024年6月22日(土)
会場:オンライン (Zoom) ※見逃し配信有り(6月27日(木)~7月1日(月))
申込締切:6月18日(火)
URL:https://www.ppsj.org/meeting-danwa.html
NITEの参加形態:講演
第28回腸内細菌学会
日時:2024年6月25日(火)、26日(水)
会場:タワーホール船堀 (東京都江戸川区船堀4-1-1)
URL:https://bifidus-fund.jp/meeting/index.shtml
NITEの参加形態:ブース出展
日本微生物資源学会第30回大会
日時:2024年7月3日(水)~5日(金)
会場:木更津市金田地域交流センター(きさてらす) (千葉県木更津市金田東6-11-1)
URL:https://www.jsmrs.jp/ja/#jsmrs30
NITEの参加形態:シンポジウムでの講演、ポスター発表
第3回国際発酵・醸造産業食品展
日時:2024年7月30日(火)~8月1日(木)
会場:東京ビッグサイト 東展示棟 (東京都江東区有明3-11-1)
URL:https://hakkoexpo.jp/
NITEの参加形態:ブース出展、セミナーでの講演
第23回植物病原菌類談話会
日時:2024年6月22日(土)
会場:オンライン (Zoom) ※見逃し配信有り(6月27日(木)~7月1日(月))
申込締切:6月18日(火)
URL:https://www.ppsj.org/meeting-danwa.html
NITEの参加形態:講演
第28回腸内細菌学会
日時:2024年6月25日(火)、26日(水)
会場:タワーホール船堀 (東京都江戸川区船堀4-1-1)
URL:https://bifidus-fund.jp/meeting/index.shtml
NITEの参加形態:ブース出展
日本微生物資源学会第30回大会
日時:2024年7月3日(水)~5日(金)
会場:木更津市金田地域交流センター(きさてらす) (千葉県木更津市金田東6-11-1)
URL:https://www.jsmrs.jp/ja/#jsmrs30
NITEの参加形態:シンポジウムでの講演、ポスター発表
第3回国際発酵・醸造産業食品展
日時:2024年7月30日(火)~8月1日(木)
会場:東京ビッグサイト 東展示棟 (東京都江東区有明3-11-1)
URL:https://hakkoexpo.jp/
NITEの参加形態:ブース出展、セミナーでの講演
編集後記
今号では、山形県工業技術センター様の新規発酵食品開発を目的に選抜された乳酸菌や、千葉県の生乳から分離したRD株など、食品に関わる菌株をご紹介いたしました。このように微生物が食品産業を支えてくれていることに改めて感謝の気持ちを持ちながら、日々の食事の中で味わっていきたいと個人的に感じているところです。(RN)
今号では、山形県工業技術センター様の新規発酵食品開発を目的に選抜された乳酸菌や、千葉県の生乳から分離したRD株など、食品に関わる菌株をご紹介いたしました。このように微生物が食品産業を支えてくれていることに改めて感謝の気持ちを持ちながら、日々の食事の中で味わっていきたいと個人的に感じているところです。(RN)
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独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)バイオテクノロジーセンター(NBRC)
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