NBRCニュース 第33号
◆◇◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆◇◆ NBRCニュース No. 33(2015.6.1) ◆◇◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆◇◆ NBRCニュース第33号をお届けします。今号は微生物あれこれ、微生物の保存 法の2つの連載をお届けします。最後までお読みいただければ幸いです。 ====================================================================== 内容 ====================================================================== 1.新たにご利用可能となった微生物株 2.微生物あれこれ(30) ワイン乳酸菌Oenococcus oeni 3.微生物の保存法(17) 菌類乾燥標本の作製法(3. カビ編) 4.NITEバイオテクノロジーセンター展示のお知らせ ====================================================================== 1.新たにご利用可能となった微生物株 ====================================================================== ◆ NBRC株、ゲノムDNA 酵母 1株、糸状菌 18株、細菌 60株、アーキア 3株、ゲノムDNA 1種類が、 新たにご利用可能となりました。重油から分離された糸状菌、水銀耐性のある Bacillus属細菌NBRC 110925、亜ヒ酸塩酸化細菌(NBRC 109607)やカロテノイ ド生産菌(NBRC 110145)などを公開しました。 【詳細】 https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/nbrc/new_strain/new_dna.html ◆ RD株 国内由来の酵母、放線菌、酢酸菌や、モンゴル産の乳酸菌などが新たにご利 用可能となりました。 【詳細】 https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/rd/new_rd.html 【RD株リスト】 https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/rd/available_rd_list.html ====================================================================== 2.微生物あれこれ(30) ワイン乳酸菌Oenococcus oeni (佐藤 元) ====================================================================== 乳酸菌は糖類から乳酸を多量に生産する微生物の総称で、ヨーグルトで有名 なLactobacillus属、Lactococcus属だけでなく、現在では約30属300種以上の 存在が知られています。今回は乳酸菌の仲間のうち、ちょっと変わっている Oenococcus属を紹介します。 Oenococcus属の一種であるO. oeni(オエノコッカス・オエニ)は、1960年 頃にワインから分離されました。他の乳酸菌と違ってpH 4.8の酸性条件や10% のエタノール存在下でも生育可能であり、リンゴ酸を乳酸に変換するマロラク ティック発酵(MLF)を行うという特徴があります。分離当初はLeuconostoc属 の一種としてLeuconostoc oenos(ロイコノストック・オエノス)と命名され ましたが、Leuconostoc属の他種とは16S rRNA遺伝子の塩基配列が大きく異な ることがわかり、1995年に作られたOenococcus属に移されて、O. oeniという 名前になりました。「Oeno」はギリシア語でワインを意味する「oinos」、 「coccus」は球菌を意味しますので、「Oenococcus」でワインに由来する球菌 を表しています。O. oeniはワイン醸造において重要な菌種であるため、多く の研究が行われており、全ゲノム塩基配列も明らかになっています。 前述したMLFは、赤ワインや一部の高酸度白ワインの醸造で重要な役割を果 たしています。ワイン醸造では、まず酵母によるアルコール発酵(一次発酵) を行います。一次発酵における旺盛な泡立ちが落ち着きしばらくすると、もろ みの表面にぷつぷつと小さな泡がわずかに見られるようになります。これが乳 酸菌によるMLF(二次発酵)が起こっている証です。MLFは、ブドウ果汁中に含 まれる主要な有機酸である酒石酸とリンゴ酸のうち、酸度が高いリンゴ酸を乳 酸に変えますので、酸味が下がりワインが飲みやすくなります。また、種々の 副生成物が生産されることにより芳醇な香味が増し、ワインの品質が向上しま す。MLFは一般的には好ましい反応ですが、温暖な気候で育った酸度の低いブ ドウを用いる場合や、リンゴ酸のキリリとした酸味が重要なフレッシュな風味 のワインを醸造する場合には不要であり、MLFを適切にコントロールすること がワイン醸造において重要です。MLFは自然におこることもありますが、通常 はもろみにMLFをおこさせる乳酸菌を添加します。Oenococcus属以外にもMLFを 行える乳酸菌があり、これらはマロラクティック乳酸菌と総称されています。 微生物遺伝子機能検索データベース(MiFuP)で「Malolactic fermentation」 で検索すると、O. oeniだけではなく、Lactobacillus属、Leuconostoc属など もマロラクティック酵素を持っていることがわかります。
乳酸菌によるリンゴ酸の代謝経路 乳酸菌は、糖源をピルビン酸に代謝し、ピルビン酸からD-乳酸またはL-乳酸を 生産する。MLFでは、L-リンゴ酸からL-乳酸を生産する。 (Van VUUREN et al. (1993). Am. J. Enol. Vitic. 44:99-112を改変) O. oeniは、ワインの本場であるヨーロッパだけでなく、南北アメリカ、ア ジア、そして日本でもワイン醸造中のもろみから分離されていますが、他の分 離源からの報告はほとんどありません。そこで疑問になるのが、O. oeniは普 段はどこにいるのか、日本にはどこからやってきたのか、世界中にどうやって 生息域を広げていったのか、ということです。日本においてブドウは巨峰やデ ラウェアが有名ですが、古くからある品種には、山ぶどうや甲州があります。 山ぶどうは縄文時代の遺跡から種が発見されており、日本に自生していたと考 えられています。甲州は、奈良時代又は鎌倉時代には山梨にあったという伝承 がありますが、近年の遺伝子解析によって、ヨーロッパ系ブドウ(Vitis vinifera)と東アジア系野生種が交雑したものであり、カスピ海付近で生まれ た祖先が中国を通り日本に伝わったと推察されています(1)。遙か昔、甲州 の祖先がカスピ海からシルクロードを通り、日本にたどり着いた時にO. oeni も一緒にやってきたのでしょうか?日本最初の醸造用ブドウ品種、マスカット ベリーAは、昭和の始めに川上善兵衛氏によって、Vitis viniferaとアメリカ 系のブドウ品種(Vitis labrusca)を交配して生まれましたが、O. oeniはこ の親株と一緒に日本にやってきたのでしょうか?そんなことを考えると、妄想 はつきません。
甲州の花穂 緑色のつぶつぶからやがて花が咲き、その1つ1つが果実となり、よく見る ブドウの姿となる。 【文献】 (1)酒類総合研究所 (2015).「甲州」ブドウのルーツ.酒類総合研究所広報 誌、27, 1-3.(https://www.nrib.go.jp/sake/pdf/NRIBNo27.pdf) 【MiFuP】 https://www.nite.go.jp/nbrc/mifup/ ====================================================================== 3.微生物の保存法(17) 菌類乾燥標本の作製法(3. カビ編) (伴 さやか) ====================================================================== カビといえども、前回のきのこ編と同様に、それが生えている基質ごと乾燥 保存することもできます。例えば、葉の病気を引き起こしている菌であれば、 その植物と共に乾燥させます。一方、寒天培地上の菌体(コロニー)を培地ご と乾燥させ、標本として保存する方法もあります。 標本作製で最も重要なポイントは、他の分離株や類似種と比較するための形 態情報を保存しておくことです。生きた菌株の保存も非常に重要ですが、培地 上ではその有性型や無性胞子の形成能力は失われやすくなってしまいます。そ のため、分離初期に必要な形質を有したコロニーを乾燥保存したり、プレパラー トに封入して残します。 ◆ 培養菌株の乾燥標本 新鮮かつ胞子などが十分に形成され、その菌の特徴がはっきりしている培養 物を使用します。菌糸ばかりのコロニーを保存することにほとんど意義はあり ません。そのためには培養の段階から、培養基の種類など、その菌種ごとに適 切な培養条件であることが前提となります。 シャーレに菌を生育させて、そのまま乾燥させる方法もありますが、乾燥後 の標本がシャーレから剥がせなくなったり、標本にヒビが入って壊れることが あるため、以下の方法で行っています。 (1) シャーレの蓋かダンボール紙などにグリセリンを1、2滴を垂らし、薄く広 げます。 (2) コロニーから保存したい箇所を切り出し、(1)のグリセリンの膜の上に載 せます。 (3) 60℃以下の温風で十分に乾燥します。通常は1昼夜程度ですが、場合に よってはそれ以上かかることがあります。乾燥器がなければシリカゲルを 用いたり、室温で自然乾燥させてください。胞子が散るのが気になる場合 は紙袋に入れると良いでしょう。 (4) 壊れないように厚みを調製したダンボール紙に挟むなどの処置をして標本 包紙に収納します。 病原性やアフラトキシンなどの毒素生産性があるカビの場合は、以下の手順 で事前に菌を殺す必要があります。 (1) 2.5%(w/v)グリセリン+40%(v/v)ホルマリン水溶液1.5 mLをシャーレの蓋 に滴下して、培養物をさかさまに被せます。 (2) 24時間静置します(子実体や子嚢果がある場合は48時間)。 標本包紙の中には一緒に、観察に使った永久プレパラートや写真なども同梱 する場合があります。プレパラートの作製法はまたの機会に紹介させていただ ければと思います。
(左)培養菌株の乾燥標本とプレパラートの標本 (右)専用の段ボール紙製マッペ 【文献】 Crous, P.W. et al. (2009). CBS laboratory manual series; Fungal Biodiversity. CBS・KNAW. 今関六也ら(1970). 標準原色図鑑全集 14 菌類(きのこ・かび).保育社. ====================================================================== 4.NITEバイオテクノロジーセンター展示のお知らせ ====================================================================== 以下に出展いたします。お立ち寄りいただいた皆様からのご相談やご質問に もお答えします。是非お越しください。 ラビリンチュラ・シンポジウム 日時:平成27年7月4日(土)12:00-18:00 場所:日本科学未来館 イノベーションホール http://syst.bio.konan-u.ac.jp/labybase/labysympo/ 参加費:無料 DHAやアスタキサンチンなどの有用物質生産で注目されているラビリンチュ ラ類についての最新情報が紹介されます。 ====================================================================== 編集後記 ====================================================================== バイオファーマジャパン2015の弊所ブースにお立ち寄りいただいた皆様、ま ことにありがとうございました。 錦織選手が大活躍していますね。テニス部でもないのに何故かテニスが好き で、高校生の頃、深夜にテレビで見たボルグ vs マッケンローのウインブルド ン決勝が忘れられません。当時は他にテニス中継はほとんどありませんでした が、今は錦織選手のおかげで色々な大会を見られるようになり、うれしい限り です。先週から四大大会の一つ、フレンチオープンが開催中で寝不足です。錦 織選手が四大大会で優勝する姿を見たいですね。(YN) ◆◇◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆◇◆ ・画像付きのバックナンバーを以下のサイトに掲載しております。受信アドレ ス変更、受信停止も以下のサイトからお手続きいただけます。 https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/others/nbrcnews/nbrcnews.html ・NBRCニュースは配信登録いただいたメールアドレスにお送りしております。 万が一間違えて配信されておりましたら、お手数ですが、下記のアドレスに ご連絡ください。 ・ご質問、転載のご要望など、NBRCニュースについてのお問い合わせは、下記 のアドレスにご連絡ください。 ・掲載内容は予告なく変更することがございます。掲載内容を許可なく複製・ 転載されることを禁止します。 ・偶数月の1日(休日の場合はその前後)に配信します。第34号は8月3日に配 信予定です。 編集・発行 独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)バイオテクノロジーセンター NBRCニュース編集局(nbrcnews@nite.go.jp) ◆◇◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆◇◆
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